「生きた菌が腸まで届くから健康になれるわけではないんです」(光岡知足インタビュー②)

目には見えない微生物たちの働きがヒトの健康に大きな影響を与えている……その象徴が、腸内に棲んでいる無数の細菌たち(腸内細菌)。日本はこうした腸内細菌の働きを助ける発酵食品の宝庫であり、この列島に暮らす人たちは世界的にも「腸にやさしい食べ方・生き方」をしてきたことで知られますが、「なぜ腸内細菌が重要なのか?」「腸の健康を保つことがなぜ心身の健康につながるのか?」……肝心な点が意外と理解されていないのではないでしょうか? そこで、腸内細菌学の生みの親であり、当サイトのロングインタビューに登場していただいたこの分野の第一人者、光岡知足先生に再びご登場いただき、お話を伺いました。テーマは、発酵食品としておなじみのヨーグルトです。日本の、そして世界の腸内細菌学は、ヨーグルトの研究を通じて確立されていったものなのです。

■ヨーグルトの菌=腸内のビフィズス菌とは限らない!?

――先生、今日はヨーグルトの話を中心に伺っていきたいと思っているんですが、世の中には「●●●を食べれば健康になれる」っていう話がとても多いですよね? ヨーグルトに関しても、同じような質問を受けることが多いんです。「ヨーグルトって、本当に体にいいんでしょうか」って。

光岡 一つの食品を摂っただけで健康になれるということはありませんよ。

――では、ヨーグルトを食べると腸内環境が改善されると言われていますね? こちらについてはどう考えればいいでしょうか?

光岡 腸内環境が改善されるということは、腸内の善玉菌の働きが優勢になるということです。善玉菌というのは私が便宜的に名づけたもので、ヒトの腸では(広義の)乳酸菌の一種、ビフィズス菌が該当すると考えてください。要するに、ヨーグルトを食べるとこの善玉菌=ビフィズス菌が増えるのかということだと思いますが、単純に「はい、そうです」とは言えないですね。

――増えるかどうかという点で言えば……。

光岡 生きた菌が腸まで届いて、そこで増殖するということは普通はないですから。それは実験でも検証しています。

――この点は後ほど詳しく伺いますが、「生きた菌が腸に届いて増えるのではない」んですね? この話だけでもビックリする人は多いと思いますが……。

光岡 正確には、生きて届くかどうかはあまり重要ではないということです。ヨーグルトが体にいいとされるのは、別のメカニズムで考えなくてはいけない問題です。

――「生きた菌が腸で増えるわけではない、だからヨーグルトなんて摂っても意味はない」……そう簡単に言えるわけでもない?

光岡 そう結論付けてしまうのは単純すぎます。

――簡単に白黒つけるのをやめにしたほうがいいということですね。

光岡 はい。そのほうが安心できるのかもしれませんが、現実はもう少し複雑です。まず、乳酸菌の種類について考えてみたいと思うのですが……。

――ええと。ヒトの腸内に生息している善玉菌は、ビフィズス菌であるわけですよね?

光岡 そうです。私が研究を始めた当初(1950年代)は、ビフィズス菌は赤ちゃんの腸内にしか生息していないと思われていたのですが、その後の研究で、大人の腸内でもたくさん生息することがわかってきました。これに対して、他の動物の腸内に多数生息している乳酸菌は、ビフィズス菌ではなく、ラクトバチルス(乳酸桿菌)という菌です。

同じ乳酸菌でも、種類がまったく違うんです。ですから私は、ヒトを「ビフィズス菌動物」、ほかの動物を「ラクトバチルス動物」とも呼んでいます。

――なるほど。確か先生は、腸の健康を保つためにはビフィズス菌が腸内細菌の20%ほどの割合で棲息している必要があるとおっしゃっていますね?

光岡 そうです。大人の場合は20%くらいが目安です。逆にこの割合が落ちてくると悪玉菌の繁殖がさかんになり、便がとても臭くなります。もちろん、健康レベルも低下していくでしょう。

――このあたりも後ほど詳しくお伺いますが、ヒトの腸内で大事なのはあくまでも「ビフィズス菌」ということですよね? ただ、「ヨーグルト=ビフィズス菌」というイメージを持っている人が多いかもしれませんが、すべてのヨーグルトにこのビフィズス菌が含まれているわけでは……。

光岡 ないですね。ヨーグルトは乳酸菌を使って牛乳を発酵させたものですが、ビフィズス菌以外の乳酸菌を使っている場合が多いのです。

たとえば、明治乳業が日本で最初にプレーンヨーグルトを販売したのは、1971年だったと思いますが、これはブルガリア菌といってラクトバチルスの仲間なんです。

正確には、ラクトバチルス・ブルガリクスと言うのですが、健康にいいというイメージを伝えるため、「ブルガリアヨーグルト」という名前がついています。

――ああ、明治ブルガリアヨーグルト。ブルガリア出身の力士、琴欧洲のスポンサーにもなっていますね(笑)。

光岡 ヨーグルトの健康効果については、すでに100年ほど前、イリヤ・メチニコフ(ヨーグルトの不老長寿説を唱えたロシアの生物学者)が「ヨーグルトは体にいいよ」と言っているわけですね。メチニコフの説は、「ブルガリアに長寿者が多いのはなぜか」というところから始まったんです。それで、ヨーグルトをたくさん摂っているからだろうと、そうした仮説を提唱して、ヨーグルトを健康食としてすすめていたわけです。

――ブルガリアヨーグルトという名前は、このメチニコフの研究にあやかったものであったわけですね。ただ、使っているブルガリア菌はヒトの腸内に棲んでいる菌ではない……。ということは、ブルガリアヨーグルトを食べても腸内のビフィズス菌が増えるというわけではない?

光岡 いや、そうとは言えません。確かにビフィズス菌を使ってはいませんが、ヨーグルトを摂ること自体は「体にいい」ことなんです。

――ややこしく感じてしまうかもしれませんが、ここは大事なポイントですよね。ここも後で詳しく検討していきましょう。では、ヤクルトのような乳酸菌飲料はどうでしょうか? 「生きた菌が腸まで届く」とCMなどでも言っていますが……。

光岡 (発酵乳酸菌飲料の)「ヤクルト」もビフィズス菌は使ってないですよ。「ラクトバチルス・カゼイ・シロタ株」って言っているでしょう?

――渡辺謙さんが言っています(笑)。

光岡 ビフィズス菌ではないでしょう?

――ああ、確かにラクトバチルス(乳酸桿菌)ですもんね。では、仮に生きたまま腸に届いても……。

光岡 生きた菌が腸に届くのがいいと企業が言うのは、そうした菌が腸内で増殖して、棲みつくことが、腸の健康に好影響を与えると考えているからですが、私が調べたところ、いくら飲んでも増殖はしない。

ラクトバチルスは耐酸性があるので生きたまま腸を通過して便から検出されますが、それも飲むのをやめると間もなく無くなってしまう。つまり、腸には定着しない。研究を続けていくなかで、そういうことが分かってきた。それは学会でも発表しています。ただ、それを言っても、みんななかなか理解しないんですね。

――ヒトの腸内でビフィズス菌が最優勢であるということが、ある程度認知されるようになったのはいつぐらいですか?

光岡 学会で認知されるようになったのは、60年代に入ってからです。

――じゃあ、知っている人は知っていた。でも、ヤクルトは使用している菌をビフィズス菌に変えているわけじゃないですよね。

光岡 「ビフィール」や「ミルミル」という商品はビフィズス菌を使った発酵乳ですが、「ヤクルト」はラクトバチルスを使っていますから(*現在は「ミルミル」のみ販売)。

――じゃあ、ヤクルトが健康にいいって、CMなどで言っている根拠は?

光岡 ですから、健康にはいいんだと思いますよ。ただ、いかにも投与した菌が増えているからいいんだと言わんばかりでしょう? そこはちょっとおかしい。菌が増えるから健康にいいんじゃないんです。別のメカニズムです。

「生きた菌」が腸内に届くわけではない!?

――「生きた菌が腸に届く」というといかにも健康と関係がありそうに思えますが、それは一つのイメージでしかないわけですね。

光岡 それだけ腸内細菌のことがわかっていなかったんです。

――先生が研究に着手されることで、事実上、この分野が切り開かれていったわけですから、わかる気がします。ご研究の過程でいろいろあったわけですね。

光岡 そうです。たとえば、ヤクルトの話で言えば、当初は「ラクトバチルス・アシドフィルス・シロタ株」と呼んでいたんです。

――ええと。いまは「ラクトバチルス・カゼイ・シロタ株」でしたよね? CMとかでも、そう言っていますが……。

光岡 当時は同じラクトバチルス(乳酸桿菌)でも、カゼイ菌ではなく、アシドフィルス菌を使っていると、ヤクルトは認識していたんです。

――少し整理しましょう。カゼイ菌もアシドフィルス菌も乳酸菌の仲間ですが、ヒトの腸内に生息しているビフィズス菌とは種類が違うわけですね。

光岡 そうです。ラクトバチルスの仲間は、ヒト以外の動物の腸内に多く生息しているんです。

――で、ヤクルトが売り出された初期の頃(1950年代)は、そのラクトバチルスの種類自体を間違って認識していたと……。

光岡 誤解しないように言えば、当時、大人の腸内ではビフィズス菌ではなく、アシドフィルス菌が優勢であるというのが常識だったんです。当時の教科書にもそう書いてありましたから、ヤクルトはそれを信じて、大人の腸にはアシドフィルス菌がいいからと開発に取り組み、「ヤクルト」という商品を出したんです。

――ただ、現実にはアシドフィルス菌でもなかったと……。

光岡 私が大学にいた時、ラクトバチルスの分類を研究していたため、「ヤクルトの菌を見てくれ」と教授に言われたのですが、調べてみるとアシドフィルス菌じゃなく、カゼイ菌でした。でも、私もまだ若かったから、誰も言うことを聞いてくれない。「そんなことはありえない。光岡は別の菌と見間違えたんだろう」とね。ですから、ヤクルトも別の大先生の意見を聞いて、「アシドフィルス・シロタ株」ということでずっとやっていたんです。それが1958年くらいのことです。

――ビフィズス菌が腸にいいかどうかを考える以前のところで、いろいろ混乱があったんですね。

光岡 それで、この5年後くらいに留学したベルリンで「日本ではこれをアシドフィルスと言っているけど、違うだろう?」と聞いたら、「これはおまえの言うとおり、カゼイだ」と言われました。そこでやっぱり違うと確認した。ヤクルトから連絡があったのは、ドイツから帰ってきた翌年(1967年)のことです。「先生はうちの菌はアシドフィルス菌じゃないと言っていましたけど、本当はどんな菌なのですか?」と。そこで「カゼイだ」と答えたんですね。

当時、ヤクルトは海外に進出しようとしていたんですが、その過程でイギリスに菌が送られて、私の知っているシャープという分類学の研究者に同じことを指摘されたんですね。で、「すぐに直しますから、先生言わないでください」って言う(笑)。

――まあ、わかっていなかったわけですから仕方ないですよね。

光岡 でも、同じ年の細菌学会で、「ヤクルトは人腸乳酸菌で作っている。アシドフィルス・シロタ株は非常に健康にいい」と科学映画まで上映したものだから、これはけしからんと。

私はすでに日本の発酵乳、乳酸菌飲料に含まれている乳酸菌をすべて調べていて、ヤクルトにもほかの乳酸菌飲料にもアシドフィルス菌がいないことはわかっていました。にもかかわらず、直さないから、全部データを公表しました。そうしたら世の中は騒然とし出した。

――騒然とした(笑)。すごい話になってきました。

光岡 なぜかと言うと、厚生省がつくった乳等省令という法律があって、発酵乳や乳酸菌飲料を作るときはこれを守らなければならなかったわけですが、当時はビフィズス菌じゃなく、アシドフィルス菌かブルガリア菌を使うことを義務づけていたんです。

つまり、ブルガリア菌とアシドフィルス菌が発酵乳を作る菌として大手を振って歩いていた。そこで、私の先生である越智勇一先生が間に入って、法律を変えたんです。その結果、菌種を決めることはやめて、乳酸菌と酵母を使って作ったものが発酵乳、乳酸菌飲料ということになった。この乳酸菌のなかに、ビフィズス菌もブルガリア菌も、アシドフィルス菌、カゼイ菌もすべて含まれているわけです。

――このときに改正した法律が今も通用している?

光岡 そうです。そうしないと、それまで売られたヤクルトはカゼイ菌を使っているから食品衛生上に違反になっちゃう。改正されたので違反にならない(笑)。

――ヤクルトは、これを機にカゼイ菌だと改めたんですか?

光岡 そうです。「アシドフィルス・カゼイ・シロタ株」ということになったんです。まあ、菌株保存センターの菌種を調べても、本当のアシドフィルス菌でないものをそう呼んでいた時代でしたから、仕方ないとも言えますが……。

――各メーカーもこの法律をふまえて製品を販売するようになったわけですね。

光岡 それまでは日本の機関では乳酸菌の正確な分類ができなかったんです。私がそれを発表したら、どうやってアシドフィルス菌じゃなくてカゼイ菌だって分かるのか講演してくれって言われて、学会で講演したりしました。

そしたら、私のところに習いに来ましたよ。各メーカーからそれぞれ研究員を派遣してね。それで、アシドフィルス菌とカゼイ菌では、この糖分解が違うでしょ、発育温度も違うでしょ、ということを全部教えてあげたんです。ビフィズス菌についても、ビフィズス菌ではあるけどもこれはヒトの腸内にいるものではないとか、いろいろと細かくね。

――なるほど。そうやって、少しずつ先生の腸内細菌の研究が広まっていって、メーカーの認識も変わっていったわけですね。

■「生きた菌」でも「死んだ菌」でも効果は変わらない!?

――では、生きた菌が腸に届き、ビフィズス菌が増殖するわけではないとすると、ヨーグルトの乳酸菌は腸にどう作用するんでしょうか?

光岡 結論を言えば、生きた菌でも死んだ菌でもいいんです。「ヨーグルト不老長寿説」を唱えていたメチニコフも、いまから100年も前に出版した本(「The Prolongation of life」)のなかで、加熱殺菌したブルガリア菌の入ったエサをハツカネズミに与えたところ、生きた菌を与えた場合とほとんど同じように生育したと書いています。

――ヨーグルト研究の開祖みたいな研究者が、100年前の段階で「菌が生きているかどうかは重要でない」と認識していたんですね。では、生きた菌が腸内で増えないとして、ヨーグルトが体にいいと言われている理由はどこにあるんでしょうか?

光岡 ヨーグルトを摂ると、自分が持っているビフィズス菌が増えるんですよ。

――ええと。それは摂取したヨーグルトに含まれる乳酸菌の影響ですか?

光岡 そのメカニズムははっきりとわかっていませんが、ヨーグルトの乳酸菌には腸管の免疫を刺激し、活性化させる力があるんです。

――それは生きた菌、死んだ菌にかかわらず?

光岡 そうです。先ほどもお話したように、死んだ菌でも構わないのです。

――細かくお伺いしますが、それはビフィズス菌でなくても構わないんですか? つまり、ヒトの腸内に棲んでいないブルガリア菌やカゼイ菌でも?

光岡 生きた菌が腸内で増えることが目的ではないですから、それも関係はないでしょう。それぞれのヨーグルトに特徴はあるでしょうが……。

――このへんの事実が明らかになってくると、これまでのヨーグルトに関する定義などもいったん見直す必要が出てきますね。先生のご著書(「人の健康は腸内細菌が決める!」)を編集する際に伺ったことですが、ヨーグルトは「プロバイオティクス」と呼ばれる機能性食品に分類されていますよね? ご著書から引用すると、プロバイオティクスとは、「腸内フローラのバランスを整え、宿主の健康に寄与する生きた細菌や酵母。ヨーグルトや乳酸菌飲料、ぬか漬け、納豆など」となりますが、この定義も現実とかみ合わなくなってくると思うのですが……。

光岡 じつはそうなのです。プロバイオティクスは「生きた菌や酵母」と定義されていますが、生きた菌、死んだ菌に限らず腸内フローラ(腸内環境)に好影響を与えることがわかってきたわけですから、新しく定義づけしたものが必要になります。後述しますが、それが私の提唱する「バイオジェニックス」です。

――正確に言うと、ヨーグルトのように腸内フローラに好影響を与える「生きた菌や酵母」のほかに、オリゴ糖や食物繊維のような「栄養成分」もありますね?

光岡 そうです。こちらは「プレバイオティクス」と呼ばれています。

――紛らわしいですが、プロバイオティクスではなくプレバイオティクス、「プロ~」ではなく「プレ~」ですね。

光岡 ええ。プレバイオティクスのほうは、腸内に棲みついている善玉菌の増殖をうながす難消化性の食品成分のことだと考えればいいでしょう。わかりやすく言えば、オリゴ糖も食物繊維も腸で消化されず、そのまま善玉菌(乳酸菌)のエサになり、その増殖を促してくれるわけです。

――オリゴ糖や食物繊維の話はこの先で触れるとして……。これまではプロバイオティクスとプレバイオティクスという二本柱で、「腸内環境を整える食品」が分類されていた。でも、その分類自体が成り立たなくなってきたのだと……。

光岡 理屈のうえでもそうなるでしょう? だから私は、こうした定義に代わる「バイオジェニックス」という概念を提案しているんです。これは、「腸内の免疫を刺激するなどして、体全体に作用することで生活習慣病や老化を防止する成分」ということになります。

――このバイオジェニックスという概念を導入すると、「腸内環境を整える食品」の意味も違ってくる気がします。

光岡 腸内環境を整えるだけでなく、体全体の健康レベルを高める……そう捉えると、サプリメントで販売されている乳酸菌生産物質はもちろんですが、植物性フラボノイド(ファイトケミカル)、不飽和脂肪酸のDHAやEPA、アミノ酸の結合体である生理活性ペプチドなどの成分も該当してきます。そうした食品の摂取をトータルで増やしていくことが腸の健康をアップさせ、免疫系、神経系、内分泌系などを活性化させるカギになってくるわけです。

――なるほど。面白いですねえ。単にヨーグルトやオリゴ糖を摂れば健康になれるというのではなく、様々な成分を摂ることで体全体の健康レベルを高めていくということですね。これは、サプリメントを効果的に摂取する際のヒントにもなりそうな気がします。

光岡 それはなるでしょう。

――ただ、残念ながら現状では、まだプロバイオティクスとプレバイオティクスの考え方が一般的ですよね。「生きた菌が腸に届く」という表現を疑問視する声もまだまだ少ないですし……。

光岡 ええ。商品にも絡んできますから、これまでやってきたことを急に変えるのは難しいのでしょう。でも、科学的に正しい定義とは言えません。

――ところで、こうした研究のきっかけの一つに「カルピス」という、おなじみの乳酸菌飲料が関係していると伺ったことがありますが……。

光岡 そうです。カルピスの歴史も古いですが、乳酸菌を殺菌して使用しているところがヤクルトやヨーグルトとは大きく違います。

――プロバイオティクスの定義からはみ出てしまうわけですね。

光岡 ええ。ですから、死菌でも健康にプラスの効果があるかどうかということが、彼らにとっては重要なことだったんです。そこで、死菌(殺菌乳酸菌)にも効果があるのか、カルピスの依頼でマウスを使った実験をしたんです。1970年頃のことです。

その結果、マウスに殺菌乳酸菌飲料を加えたエサを与えると、普通の固形飼料を与えた場合より延命作用や抗ガン作用がずっと高いことがわかりました。しかも、マウスの腸内フローラ(腸内環境)を調べると、ビフィズス菌の菌数そのものが増えているんです。

――なるほど。こうした実験を通じて、「菌が生きているかどうかは重要ではない」ということがわかってきたわけですね。

光岡 誤解のないように言えば、ヨーグルトなどで生きた菌を摂った場合でも、菌の成分(死骸)が腸に届きさえすればいいのです。そうすれば、腸管の免疫が刺激され、結果として長寿につながることになります。

――そう考えると、乳酸菌の種類よりも、腸に届く菌の数のほうがずっと大事だと言えそうですね。この点については次の回に詳しくお伺いしていきますが……。ところで、カルピスって、糖分の量が多すぎではないですか?

光岡 多いですね。カルピスは甘いから健康には良くないと、メーカーサイドにはずっと言ってきました。でも、「初恋の味」ということでやってきましたから、なかなか味は変えられないようです。

――殺菌乳酸菌の効果を考えると、ちょっともったいない気がしますが……。まあ、嗜好品として考えればいいんでしょうね。

光岡 ヤクルトにしても糖が多くて甘いですからね。あれ以上量を多くすると高血糖のリスクが高まってしまいますが、かといって、菌数を多く摂ることを考えた場合、あれでは全然足りないわけです。

――なるほど。商品として成り立たせようと考えると、健康効果が活かせないことが多いんですね。いろいろと難しいなあ。専門的な話がちょっと続いたので、次回、もう少し具体的に腸内環境を整える食事の摂り方などをお伺いしていきたいと思います。

(続く)

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 ■腸内細菌と仲良くするための食事とは?(光岡知足インタビュー③)

★プロフィール

光岡知足(みつおか・ともたり)

1930年、千葉県市川市生まれ。東京大学農学部獣医学科卒業。同大学院博士課程修了。農学博士。’58年、理化学研究所に入所。ビフィズス菌をはじめとする腸内細菌研究の世界的な権威として同分野の樹立に尽力。腸内フローラと宿主とのかかわりを提唱し、腸内環境のバランスがヒトの健康・病態を左右すると指摘した。「善玉菌」「悪玉菌」の名づけ親としても知られている。

ベルリン自由大学客員研究員、理化学研究所主任研究員、東京大学農学部教授、日本獣医畜産大学教授、日本ビフィズス菌センター理事長を経て、現在、東京大学名誉教授、理化学研究所名誉研究員、日本獣医生命科学大学名誉博士。日本農学賞、科学技術長官賞、日本学士院賞、メチニコフ賞などを受賞。趣味はクラシック音楽鑑賞とバイオリン演奏。大学在学中からバイオリン奏者として市川交響楽団にも在籍。

著書は「腸内細菌の話」「健康長寿のための食生活」(以上、岩波書店)、「腸内菌の世界」(叢文社)、「人の健康は腸内細菌で決まる!」(技術評論社)、「腸を鍛える―腸内細菌と腸内フローラ」(祥伝社)、「大切なことはすべて腸内細菌から学んできた」(ハンカチーフ・ブックス)など多数。