「いま、アレルギーのメカニズムが大きく塗り変わろうとしています」(斎藤博久インタビュー①)
ここ数年、アレルギー研究の分野で新しい発見が相次いでいる。「T細胞(Th1/Th2)のバランスが崩れることで発症する」といった従来の定説が見直しを迫られる一方で、アレルギーという病態の全容が徐々に浮かび上がりつつある状況にある。いまこの分野の最前線でどんな研究が進められ、何が明らかになってきたのか? このほど刊行された一般向けの『Q&Aでよくわかるアレルギーのしくみ』(技術評論社)の著者で、同分野の研究の第一人者である斎藤博久氏(国立成育医療センター研究所副研究所長/日本アレルギー学会理事長)へのインタビューを3回にわたってお届けしたい。今回はその第1回。
■「Th1/Th2セオリー」は崩壊した?
――今回の本では、「アレルギーは皮膚から起こる」という、それまでの定説を覆すトピックスを紹介していますが、これまでアレルギーの原因と言うと、いわゆる「衛生仮説」のほうが知られていたと思います。「自然に触れる機会が減ってしまい、清潔志向が進んだことがアレルギーの増加につながった」という……。
斎藤:「衛生仮説」が発表されたのは1991年のことですから、一般に広まっていったのもそれ以降のことでしょうね。
――この説に注目することで、何か臨床面で活かせたことはあったんですか?
斎藤:臨床面で? たとえば、「田舎に住め」とかですか?
――結局、そういう話になっちゃいますよね?(笑)。
斎藤:「衛生仮説」は疫学的なデータですから、そういう傾向があるとわかっても、臨床面で活かすのは難しいですね。あまり過度に清潔になりすぎないようにとか、そういう認識は患者さんに伝わったんじゃないかと思いますが。
――興味深い仮説であっても、だから注目されてきたとは言えなかったわけですね。ただ、そうした状況が変化する一つのきっかけとして、1990年代の終わり、自然免疫のToll様受容体(Toll Like Receptor)の発見がありました。
斉藤:ええ。Toll様受容体のメカニズムがわかってきて、免疫学者も(「衛生仮説」に)興味を持ち出したんです。やはり、メカニズムが伴わないとサイエンスとしてなかなか認めにくいという風潮がありますから。
――「アレルギーは皮膚から起こる」という話が出てきたのは、さらに後のことですね。
斉藤:そうです。2003年に英国のギデオン・ラック教授が指摘したのをきっかけに、皮膚からの感作がアレルギーの第一原因として認識されるようになってきました。その後、2009年に「二重抗原曝露説」(図2参照)を提唱され、私たちの研究にもつながっていきました。
――成育医療センターが行った調査で、乳幼児期の保湿の重要性が科学的に裏付けられ、ようやく臨床面でもアレルギー疾患を減らしていく具体策が見えてきたわけですね(Journal of Allergy & Clinical Immunology (11.248) Vol. 134, Issue 4, October 2014.)。こうして見ていくと、いまアレルギー治療が大きく様変わりしつつある印象を受けます。
斎藤:そのあたりの話とも関係してくると思いますが、じつは最近、「衛生仮説」の理論を裏付ける非常に興味深い論文が『Science』に出たんです(http://www.sciencemag.org/content/349/6252/1106)。まだ私自身も知ったばかりなのですが、この内容を読む限り、これまでの定説だった「衛生仮説」の裏付けとしての「Th1/Th2セオリー」は崩壊したんじゃないかと思いますね。
――そうなんですか? そんな大きなニュースが……。
斎藤:それまでアレルギーの発症については、Th1(Ⅰ型ヘルパーT細胞)とTh2(Ⅱ型ヘルパーT細胞)のバランスで説明されることが多かったのですが、実際それでは不十分で、炎症性のTh17や制御性T細胞なども関わってくることは今回の本でも解説していますね? こうした個々のT細胞のバランスが大事であるということは正しいんですけれど、もうちょっと細かいメカニズムがわかってきたんですよ。
――何かまた別の要素が加わるということですか?
斎藤:いや、加わるというか、そもそもTh1はアレルギーに関係ないかもしれないのです。たとえば、気管支ぜんそくになる場合、まず気道にダニやほこりなどのアレルゲンが侵入し、上皮細胞に待機している樹状細胞がそのアレルゲンを取り込んでしまう。その結果、免疫反応が起きて、アレルギーを起こすサイトカインが分泌されることでIgE抗体ができ、ぜんそくが発症するわけですね。
――はい、そう言われていますよね。
斎藤:ところが、農村などの地域ではエンドトキシンがたくさんあるでしょう?
――エンドトキシンは、病原菌などの細胞膜に含まれる内毒素ですね。ほこりの多い環境下では、大気中のエンドトキシンの量が多いことから、清潔な環境かどうかのバロメーターにもなっていると伺ってきましたが……。
斎藤:エンドトキシンはToll様受容体の4番(TLR4)のリガント(受容体に結合する物質)ですから、気道に侵入してきたエンドトキシンは最初に樹状細胞のTLR4がキャッチするわけですが、その際に気道の上皮細胞からA20という分子が発現されるんです。このA20が発現すると、樹状細胞がアレルゲンを取り込まなくなる(図1参照)。
――ということは、エンドトキシンの多い、あまり清潔でない環境のほうが気管支ぜんそくになりにくいという……それが論文の主旨であるということですか?
斎藤: ええ。A20が気道の上皮細胞を保護してくれるわけです。まあ、皮膚における保湿剤みたいな役割を果たすことになるんですね。
――A20というのはつねにあるわけではない?
斎藤:エンドトキシンの刺激を受けて、気道の上皮細胞上に発現する。そうやって新しく出てくる分子なんですね。
――これは、今回初めて明らかになったことなんですか?
斎藤:そうです、この9月にね。
――かなり大きな発見ですよね?
斎藤:大きいです。アレルギーのメカニズムが大きく塗り変わってきますね。先ほどもお話したように、それまでのTh1/Th2セオリーが崩壊したことになるわけですから。
■「衛生仮説」の気道上皮で起こる
――ただ、この話は気道の上皮で起こっていることですよね。「アレルギーは皮膚から起こる」という冒頭の話とどうつながってきますか?
斎藤:A20が出てくると、アレルゲンが取り込めなくなってしまって、ぜんそくが起こらなくなりますが、消化管には普通に取り込まれますから、腸管で「免疫寛容」が成立します。皮膚に保湿剤を塗ってブロックしている間に、腸管からアレルゲンが取り込まれて免疫寛容が成立するのと同じ理屈です。
――先ほど出た「二重抗原曝露説」ですね。その部分は合うというか、重なる?
斎藤:ええ、ぴったり合います。だから、保湿剤を塗っているのと同じ効果なんですね、気道上にA20が発現するということは。
――その発現する条件がエンドトキシンであると……。
斎藤:正確には、少量のエンドトキシンに繰り返し曝露することが必要です。大量だと毒性が出てきますから、あくまでも少量、長期間の繰り返しによって、気道の上皮細胞上にA20が発現することになります。
――というと、やはり清潔にしすぎず、ある程度は外の環境に触れる、そうすると自然にA20が発現するというイメージでよろしいんですか?
斎藤:そうですね。バリアができて、樹状細胞がアレルゲンと接触できなくなる、その結果、ぜんそくが発症しにくくなるわけです。
――エンドトキシンと一緒にアレルゲンが侵入してもA20が発現するので、気道上でアレルギーが起きない。ということは……。
斎藤:「衛生仮説」が成立するのは、ぜんそくや花粉症のようなアレルギー性鼻炎だけで、そこに関与しているのは、ダニとか空気中に飛んでいる分子だけだったということでしょう。食物アレルギーやアトピー性皮膚炎が「衛生仮説」に当てはまらないことはわかっていましたが、その点もきれいに一致するわけです。
――「清潔にしすぎないことが大事だ」と言っても、アトピー性皮膚炎や食物アレルギーが発症するプロセスはちょっと違うわけですね。
斎藤:簡単に言えば「衛生仮説」というのは、気道上皮の問題だったんです。おそらく腸管にはA20は発現しないでしょうから。まあ、そこまでまだ研究は進んでないですが、普通、腸管までエンドトキシンは届かないですからね。
――確かに、アトピー性皮膚炎や食物アレルギーに気道は関わってこないですね。花粉症も気管支ぜんそくも、大気中のアレルゲンを吸い込む過程で起こると思いますが、その根底に今回発見されたA20が関与している?
斎藤:おそらくそういう感じではないかと思うんですね。
■まずは皮膚の保湿がおすすめ
――それにしても困ったな(笑)。とても興味深いお話だと思うんですが、もう本は作ってしまったので、この内容は収録できませんでした。
斎藤:そこはしょうがないですね。ただ、本の中でも従来の「Th1/Th2セオリー」を前提にするような表現は避けていましたから、書かれた内容を大きく訂正しなければならないわけではないと思いますよ。
――まあ、このサイトで補完するということでいいのかな。その意味では、すごくいいタイミングでインタビューに伺った気がします(笑)。この話はニュースになりますかね?
斎藤:多少はなるとは思いますが、日本人の発見ではないですし、これがいかに画期的であるか、一般にはあまり理解されないかもしれません。私たちからすれば、これだけ美しくいろんな要素が合致して、合点できることなかなかないと思っているのですが。先ほども言ったように、まだ検証しなければならないところも多いですけどね。
――どこの国の研究になるんですか。
斎藤:ベルギーですね。ランブレヒトという人がラストオーサーになっていますが、樹状細胞の研究で世界的に有名なグループの一つです。
――今後の診療や研究に、どういう感じでつながっていくと思われますか?
斎藤:過去の研究では、赤ちゃんにダニとか花粉などのアレルゲンをなめさせて免疫をつける方法などが試されてきましたが、これはうまくいかなかったですよね。でも、微量のエンドトキシンを赤ちゃんに吸入させるやり方なら、A20が出てきて、保湿剤を塗っているのと同じ効果が得られるんじゃないかと思います。
――それを検証していく?
斎藤:ええ。微量のエンドトキシンを吸入させるんですよ、毎日。もちろん、毒性のないレベルであることが前提になりますが。
――皮膚のほうからはA20は発現しないのでしょうか?
斎藤:皮膚はわからないですね。ただ、「衛生仮説」が花粉症やぜんそくに当てはまるのに、アトピー性皮膚炎や食物アレルギーには当てはまらないということを考えると、現状、これは気道上皮だけで起こる話なのかなと感じます。
――今回の本のなかで、生まれたばかりの赤ちゃんのアレルギー対策として「保湿剤を全身に塗りましょう」という話はしましたよね。それも進めつつ……。
斎藤:それはそうです。アレルゲンがまず皮膚から入るということは間違いありませんから。
――これにプラス、微量のエンドトキシンの吸入も行うようにすれば、将来的にアレルギーの発症がもっと減る可能性も出てきませんか?
斎藤:そうですね。この場合、ぜんそくが該当しますが、間違いなく割合は減るでしょう。ただ、エンドトキシンの吸入を実現させるハードルは高いですから、とりあえず皮膚に塗るほうがいいとは思いますけどね。皮膚にA20があるかどうかはわからないですが、それが確認できればその段階に研究は進んでいくでしょう。
■皮膚のバリア機能はなぜ低下したか?
――「アレルギーは皮膚から起こる」という冒頭の話に戻りますが、たとえば食物アレルギーの感作もまず皮膚で起こると考えられるようになってきました。本の中でも紹介していますが、一般の人はそれだけで驚く話だと思うんです。
斎藤:そうですね。アレルゲンを口にしたからアレルギーになると思っていた人は多いでしょうから、とても興味深いことではありますね。
――その大前提として、皮膚のバリア機能が低下したという話が出てくるわけですが、こうした機能低下はなぜ起こったんでしょうか?
斎藤:まあ、新生児のバリア機能はもともと低いわけですが、そこに清潔志向の社会への広まりであるとか、石鹸の性能がよくなって油脂が落ちてしまうとか、様々な要素が重なっていることはあるかもしれません。データが明確にあるわけではないのでよくわからないですが、昔に比べればよく洗っていますよね?
――昔に比べてアレルギーが増えた背景として、子供の体力が相対的に低下しているとか、そこまで言えるんですか?
斎藤:体力などについてはわかりません。具体的に考えられるのは、皮膚の脂分が減っているのではないかという点です。確かに昔の子どもは綺麗ではないですよね。だからA20が発現すると考えると、その点はピッタリ重なります。
――まず、綺麗じゃないことが問題?
斎藤:まあ、いくら洗いすぎても、それでバリア機能が低下するかというと、「そこまで綺麗にしているかな?」とは思いますけどね。そもそも、昔から赤ちゃんは清潔にしていましたよね。「洗いすぎ」だけで片づけているところがあるようにも思いますけど、そこはちょっとわからないところがあります。
――確かにそれだけでは説明しきれない印象はありますね。そもそも、「(アレルギーが増えたのは)インフラが整って生活が便利になったからだ、文明が進んだからだ」という単純な結びつき方で理解している人が多いと思うんですが、何かそれ自体、すごくステレオタイプな捉え方のように感じられます。
斎藤:それだと説明つかないことも多いわけです。第一、アトピー性皮膚炎の発症率は、都会と農村部で差はありません。食物アレルギーも同様です。先ほどもお話ししたように、これらは「衛生仮説」が当てはまらないんですね。
――いずれにしても、乳幼児の皮膚のバリア機能が低下している以上、まず保湿が大事であると。それがまずアトピー性皮膚炎を予防し、アレルギー・マーチ(乳幼児期にアトピー性皮膚炎、食物アレルギーにかかると、その後、気管支ぜんそくや花粉症などにもかかりやすくなる)を起こさない基本であって、保湿もせずにただエンドトキシンの多い田舎などで暮らしても、アレルギーがすべて防げるわけではないということですね。
斎藤:それはそうでしょう。
――一方、皮膚のバリア機能の低下については、まだはっきり原因がわかってない印象ですね。清潔になったことは間違いなく関係ありそうですが……。
斎藤:そこを前提にしないと、A20の説明がつかないですからね。いろいろとわかってきた部分はありますが、原因について言及するのは難しいですね。
↓続きはこちらをご覧ください。
★「いずれアレルギーという病態がどんなものか、完全に把握できる時代になるでしょう」(斎藤博久インタビュー②)
★「ビックデータがいくら全盛になろうと、ロジックがなくなったら、それはもう科学とは言えません」(斎藤博久インタビュー③)
◎斎藤博久 (さいとう ひろひさ)
1952年、埼玉県生まれ。1977年、東京慈恵医科大学卒業。国立相模原病院小児科医長を経て、1996年より国立成育医療センター研究所・免疫アレルギー研究部部長、2010年より同センター副研究所長。2013年より日本アレルギー学会理事長。東京慈恵医科大学、東邦大学、東北大学などの小児科客員教授を兼任。米国アレルギー学会評議員、同学会雑誌編集委員、日本小児アレルギー学会理事なども務める。著書に『アレルギーはなぜ起こるか』(講談社ブルーバックス)、『Middleton’s Allergy 第8版』(分担)など。
投稿者プロフィール
最新の投稿
- 長沼ブログ2023.11.21嫌なこと=悪いこととは限らない
- 長沼ブログ2023.11.14悩みが一瞬で気にならなくなる方法とは?
- 長沼ブログ2023.11.10行き詰まった人生を一変させる意外な視点とは?
- 長沼ブログ2023.11.07「腹が座る」ってどういうことだろう?