「ビックデータがいくら全盛になろうと、ロジックがなくなったら、それはもう科学とは言えません」(斎藤博久インタビュー③)

ここ数年、アレルギー研究の分野で新しい発見が相次いでいる。「T細胞(Th1/Th2)のバランスが崩れることで発症する」といった従来の定説が見直しを迫られる一方で、アレルギーという病態の全容が徐々に浮かび上がりつつある状況にある。いまこの分野の最前線でどんな研究が進められ、何が明らかになってきたのか? このほど刊行された一般向けの『Q&Aでよくわかるアレルギーのしくみ』(技術評論社)の著者で、同分野の研究の第一人者である斎藤博久氏(国立成育医療センター研究所副研究所長/日本アレルギー学会理事長)へのインタビューを3回にわたってお届けしたい。今回はその第3回(最終回)。

■石坂先生から教わったこと

——先生はIgE抗体を発見された石坂公成先生がおられたアメリカのジョンズ・ホプキンス大学に留学され、研究の基礎を築かれたと聞いております。どういう経緯で石坂先生のもとへ留学されようと考えたんですか?

斎藤:もともと私はマスト細胞の研究をやっていたのですが、マスト細胞って、ヒトで調べるのが難しいんですね。マウスと同じように、ヒトでも簡単に培養できないかと模索しているなかで、同じような研究をされていた石坂照子先生がいらっしゃった。

——一緒に研究されていた石坂先生の奥様ですね。それで留学を?

斎藤:ええ。3年間留学して、石坂先生のもとで共同研究させていただくことで、結果的にヒトのマスト細胞の培養系を確立させていくきっかけが得られました。一応、僕の名前も論文の最後に入れてもらって。発表されたのは日本に帰ってから1年くらい経ってからですね。

——それが留学中の中心的なテーマ?

斎藤:そうです。僕が行ってきた研究で一番大きな仕事というのは、マウスのマスト細胞とヒトのマスト細胞の増殖因子は同じではないということを突き止めたことなのですが、いろいろと試していくなかで、マウスの増殖因子として知られていたインターロイキン3(IL3)を使わずに培養したらうまくいったという話ですね。

 IL3は、ヒトではマスト細胞の分化を誘導せず、好塩基球の増殖因子として作用するんですね。ヒトでは幹細胞因子(Stem Cell Factor)がマスト細胞の増殖因子になるんです。

 日本に帰ってきてから、サイトカインをどうカクテルするかという話になって、SCFとインターロイキン6を組み合わせるとどんどん増えていくということがわかってきた。それでヒトのマスト細胞の培養系が確立したわけです。

——石坂先生にはどんな印象を?

斎藤:メンターとして様々なことを教えてくださいましたが、よく知られているように、本当にロジカルな人でね、典型的なサイエンティストと言っていいでしょう。とにかく、徹底して理詰めなんですよ、先生は。

——考え方とか、そういう部分も含めてすべてが?

斎藤:曖昧な仮説は一切立てないから、その仮説の通りに研究がうまくいくんです。とにかく推論は言わない。僕みたいにいい加減なことを言わない (笑)。でも、先生の頭の中にはすべて科学的な事実に基づいて仮説が成り立っているんですよ。

——ロジカルに組み立てていった先に明確な仮説があり、それを検証するために研究があって、しかも、その通りの結果が出ると?

斎藤::そうです、それでその通りの結果が出て、IgE抗体が発見されたわけです。

——学者のなかでもそういうやり方ができる方は……。

斎藤:まあ、いないでしょうね。だからみんな「すごい!」と思って先生についていくわけです。著名なところでは多田富雄先生、岸本忠三先生、高津聖志先生……。岸本先生から審良静男先生にもつながっていきますから、日本の免疫学の90%くらいは石坂先生の弟子、孫弟子なんです。

■大規模研究によって失われるもの

——まさに日本の免疫学を代表する、錚々たる顔ぶれですね。来年6月にはIgE抗体発見50年ということで、主だった先生方とシンポジウムを主催されますよね?(→詳細はこちら) そこで石坂先生もご登壇されると伺っていますが……。

斎藤:そうです。(IgE抗体を)どうやって発見したのか、どう理詰めに考えたのかという、そういう話になると思いますけどね(笑)。なぜこういうふうにせざるを得なかったのかとか、発見の道筋をいろいろとお話いただけると思いますよ。

——シンポジウムを開くわけですから、こうした石坂先生のイズムを……。

斎藤:ええ、ぜひ若い人に伝えたいですね。本のなかでも触れていますが、いまの研究のトレンドというのは、一つの仮説を組み立てて証明していくというタイプではなくなってしまったんです。おまけにインチキする人も多くてね、仮説証明型の研究が信用されなくなったし、実際、そういう研究が結構ひっくり返ったりする。

 大規模な仮説を生み出すタイプの研究、つまり、仮説なし・バイアスなしに、とにかく網羅的に全部調べてしまう仮説生成型の研究が主流になっていけばいくほど、皮肉なことに論理的な考えをみんなしなくなってしまうんですよ。しても間違っちゃうことがあるから、リスクを恐れてますますしなくなる(笑)。

——論理的思考を若い時からちゃんと勉強していかないと、そうしたビッグデータには勝てないというか、大規模調査にますます頼ってしまう傾向が強くなりますね。

斎藤:いまはもうビッグデータが主流になってしまったので、ある意味でそんな(論理的思考を身につける)必要なくなってしまった面もあるのかもしれません。でも、それでは科学者じゃないんですよ。「Technology」などの「——logy」は、「logic(ロジック)」なんですから。ロジックがなくなってしまったら、それはもう科学ではありません。

——ビックデータが全盛になろうとも、必要ないということはないですよね。

斎藤:ないですよ。必要かと言われれば絶対に必要です!

——必要ですけど、求められる割合が減ってしまっている?

斎藤:大規模研究ではほとんどいらなくなってしまった。ただ、それでは日本のサイエンスがこれから廃れていきますよね。中国に勝てないですよ、なにしろ人が多いですから。人口が日本の10倍あれば賢い人も10倍いるわけだから、それは勝てないです。

——力技で組み伏せられてしまう?

斎藤::まさに力技です。せっかく、数多くのノーベル賞を取ってきたのに、このままではなくなってしまうでしょうね。

——結構、重い話ですね、それは。

斎藤:重いです。何とかしなければと思っていますが、難しいところもありますね。

■論理的思考のすすめ

——論理的思考のすすめというか、やはりロジカルな考え方は必要ですよね。実際に、いろいろな場面で役立つ発想だと思いますし……。

斎藤:意外と見落とされていることなのですが、ロジカルな考え方というのは、こうした研究ばかりでなく、臨床でもとても役に立つんですよ。要するに、しっかりした論理性を持っていれば、知識を丸暗記しなくても済むんです。

——ガイドラインに100%準じる必要はないということですね。最近では、ある種の安全策でガイドラインを遵守しているだけのケースも多いと聞きますが……。

斎藤:確かにそういう先生もいるのかもしれませんが、でも、そうした教科書的なものに書いていない、ガイドラインに合わないような患者さんが来られた時にどう診断するかというと、これはもうロジックなんですよ。

——勘や経験ではなくて?

斎藤:そうしたものも必要ですけどね。経験からその科学的な事実を組み立てて、ロジカルに診断していくのが正しいあり方だと思いますね。たとえば、免疫学ってすごくロジックなものですから、それぞれの免疫細胞の性質がハッキリわかっていれば、もうこういう方向にしか考えられない、という筋道が見えてきます。

——科学的な事実を知っておいて、それを組み立てていく……。その力があれば、個々の事実をすべて細かく知っている必要はない?

斎藤:ええ。基本的な動きを知っていれば、組み立てていくことで解決できるんです。

——それって、個人の素養に頼るだけでなく、教育にもつなげていきたい話ですよね。そういう人を育成できるんでしょうか?

斎藤:だんだんできなくなっているところはありますね。先ほどもお話ししたように、仮説を生成するタイプの大規模研究が主流になっていくと、論理性はあまり育たなくなりますから。もちろん、(ヘルパーT細胞の発見に関わった)茂呂和世先生のような方もおられるわけだから、見習ってほしいと思いますけれどね。

——まずそういう思考ができる先生を探して、その下につかないと……。

斎藤:無理ですね。徹底して鍛えてくれる存在が必要ですね。

——もちろん、斎藤先生は石坂先生に鍛えていただいた面はあるんですよね?

斎藤:もちろんですよ。留学から帰ってからもずっとです。いまだって、しょっちゅうメールのやり取りをしてね(笑)。そういう関係が大事でしょうね。

■より役に立つ、実証性の高い研究へ

——先生のお話を伺ってとても興味深く感じましたが、課題もそれ以上に多いというか、これから大変な時代になっていくのかなと感じました。

斎藤:本当は僕らがどんどんと次の世代に教えていかなくちゃいけないんですけど、それがどこまでできるかですね。たとえば、基礎研究の雑誌ってこれまでは『Journal of Immunology』が一番評価されていたんですが、最近はあまり引用されなくなって、インパクトファクターで言うと5まで下がってしまったんですね。

 一方、『Journal of Allergy and Clinical Immunology』という臨床系の、まあ、基礎も少しある雑誌なんですけれども、こちらはインパクトファクターが3だったのが、この何年かで11にまで上がりました。昔は研究していていい成果が出たら『Journal of Immunology』への掲載を目指していたのが、いまは完全に逆転しています。

——基礎研究に対する評価が下がってきたということでしょうか? それはいつくらいからの傾向なんですか?

斎藤:7〜8年前から逆転したんですけど、顕著になったのはここ数年ですね。ただ、その一方で『Journal of Allergy and Clinical Immunology』も動物実験だけの論文はほとんど引用されないので、もう掲載をやめようかという話になってきています。

——ヒトのデータも入れないと……。

斎藤:ええ。それはもう『Nature Medicine』も『Science』も同じなんですが、要するに、ヒトでも実証しろということですよね。それだけ厳しくなっているんです、マウスだとわりとデータが出やすいところがありますから。

 一つのストレインだけで……。ストレインってわかりますか? 実験に使うマウスは遺伝子系が一緒なので、純粋なクローンなんです。ヒトに当てはめて言えば、一人しか対象にしていないことになりますから、綺麗に結果が出る。

——なるほど。ただそれが役立つかというと、そうとも言えない感じですね。

斎藤:たとえば、90年代まではマスト細胞の脱顆粒を抑えるという触れ込みで、抗アレルギー薬がよく使われていたんです。マウスでは抑えるんですが、臨床研究のデータを見てもコントロール群がないようなものばかりで、プラセボコントロールでやってみるとほとんど効かないことがだんだんわかってきた。

 逆に、吸入ステロイドについては、恐れられていたほどの副作用がなく、ダブルブラインド、プラセボと比較してもよく効くことがわかってきました。そうしたこともあって、90年代を境にぜんそくの治療法が吸入ステロイド薬に変わっていき、エビデンスの面から抗アレルギー薬の使用が完全に終わってしまいました。(私が行ってきた)ヒトのマスト細胞の培養は、その面で患者さんの役に立ったんじゃないかと思いますけれどね。

■日本人研究者のポテンシャル

——そういう検証がなされることで、曖昧なものが徐々に排除され、アレルギーの治療法も確立されてきた。そうした土台のうえに、これからの話が出てくる?

斎藤:確かにヒトを対象にして、大規模でいろいろな研究が進んでいくことで、徐々に間違いのないものが見えてきた面がありますね。

——ただ、そのなかで科学者の役割が見えなくなってきたと。極端に言えば、コンピューターさえあれば、人がいらなくなってしまう。だって、統計学ができていればいい、ということになりかねないですよね。資金力がある人と組んで一定の労力を投下すれば、誰がやっても同じ結果が出てしまうかもしれないという……。

斎藤:難しいですよ、そうしたやり方でアメリカや中国と競争するのは……。

——言葉は適切かわかりませんが、かつての戦争と似たようなところがありますね。日本という国は同じような問題で行き詰まるところがあるようにも感じてしまいますが、どうやったらそこを突破できるのか……。

斎藤:まあ、これだけ言葉のハンデがあって、それでもノーベル賞級の学者をたくさん生み出しているわけだから。

——民族的なポテンシャルはすごい? 伝統の力と言いますか……。

斎藤:伝統ですね。論理的な思考を伝える力があるのだと思います。

——一般的に、日本人は曖昧だとか、感覚的でファジーな印象がありますけど。

斎藤:科学者ですね、ここで言っているのは。日本の科学者には、そういう伝統があるんです。それは厳しいものですよ。

——厳しい伝統があるんですね。もともと資質があったんでしょうか?

斎藤:あるでしょうね。日本で研究室というと、道場みたいなところがありますから。アメリカ人が主宰しているような研究室だと、わりとのんびりしているし、そんなにあくせく実験はやらないしね、そういう違いはあると思います。

——もしかしたら江戸時代くらいの学問の土壌から、もともと引き継がれてきた何か……。

斎藤:そうなのかもしれないですね。

——ありがとうございました。話がだいぶ脱線してしまいましたが、いろいろとお話を伺うことで、本のバックボーンの部分が浮かび上がってきた気がします。これからのご研究、啓蒙にも注目させていただきたいと思います。

(終わり)

↓バックナンバーはこちらをご覧ください。

★「いま、アレルギーのメカニズムが大きく塗り変わろうとしています」(斎藤博久インタビュー①)

★「いずれアレルギーという病態がどんなものか、完全に把握できる時代になるでしょう」(斎藤博久インタビュー②)

◎斎藤博久 (さいとう ひろひさ)

1952年、埼玉県生まれ。1977年、東京慈恵医科大学卒業。国立相模原病院小児科医長を経て、1996年より国立成育医療センター研究所・免疫アレルギー研究部部長、2010年より同センター副研究所長。2013年より日本アレルギー学会理事長。東京慈恵医科大学、東邦大学、東北大学などの小児科客員教授を兼任。米国アレルギー学会評議員、同学会雑誌編集委員、日本小児アレルギー学会理事なども務める。著書に『アレルギーはなぜ起こるか』(講談社ブルーバックス)、『Middleton’s Allergy 第8版』(分担)など。