「食べる、寝る、呼吸する、光を浴びる……生命を蘇生させるカギは日常にあります」(佐古田三郎インタビュー①)

「要素還元主義」という言葉をご存じだろうか? 近代科学のありようを映し出すシンボリックな言葉として、半ば批判的に用いられてきた。なぜなら、すべてを細分化させ、一つ一つの要素に還元させ、その働きを調べていく、そうやって見えてくるものがあると同時に、見失われてしまうものも多いからだ。むしろ、多すぎるのかもしれない。医学もまた、この要素還元主義の流れに取り込まれることで、様々な診療科、様々な専門家に細分化され、いまや身体という全体性に目が向きにくくなっている。生命というものが、どこか抽象的な概念になりつつある。

今回、パーキンソン病の名医として知られる佐古田三郎氏のインタビューを掲載するのは、この細分化の流れに抗するように、新しい治療法を模索し、難病の治癒に大きな成果を挙げつつある、稀有な存在であるからだ。神経内科のエキスパートで、大阪の豊中市にある病院の院長を務める佐古田氏は、現代医療を決して否定はしない。いまある仕組みのなかで、不特定多数の患者さんを相手にしながら、よりよく生きるための方法を思考し、実践している。食べること、寝ること、光を浴びること……。そこから見えてきたのは、私たちが生きる空間のなかに答えがあるということ。そんな当たり前の気づきにこそ、未来の医療のヒントがある。

■脳の病気を治癒するカギは腸にある?

——先生は普段は患者さんの会でお話されることが多いと思いますが、一般的にはまだまだパーキンソン病に詳しい人は少ないですよね? どんな病気なのか、ご説明いただけませんか?

佐古田 皆さんもご存じのように、光に当たると肌が黒くなりますね。それはメラニンができるからですが、中脳の黒質という部分は、光も当たらないのにどういうわけか黒いんです。この黒いところでドーパミンという神経伝達物質がつくられ、大脳基底核というところに到達します。

——パーキンソン病は、その黒質が変性することで動作に様々な障害が現れる病気であると考えられていますよね?

佐古田 私は少し違う考えを持っていますが、教科書で見るとそうなっています。ですから、保険医療で認められている一番良く効く薬というのは、ドーパミンを補充するというものです。これが有効だと考えられています。

——症状については、「手足がふるえる(振戦)」「筋肉がこわばる(筋固縮)」「動きが遅い(無動)」「バランスがとりづらい(姿勢反射障害)」という「四大症候」がよく知られていますが……。

佐古田 これも一般的にはそう考えられていますね。ただ、それ以外にも非運動症状と呼ばれる、うつ、不眠、便秘など様々な症状があります。ですから、運動障害は氷山の一角に過ぎないと指摘されている先生もおられます。

——やはり高齢者がかかりやすい?

佐古田 はい。遺伝性のものもありますが、比較的高齢者が多いですね。

——同じ脳の病気として、アルツハイマー病もあります。高齢者に多い点では、脳梗塞も含め大きな社会問題になっていますが、先生は治癒のカギはどれも腸にあると考えられていますね。 

佐古田 腸内の神経細胞は6億個あり、ほぼ脊髄に匹敵すると言われています。セロトニンやドーパミンなど多くの神経伝達物質が腸の中で作られていますし、動物実験ではありますが、脳の記憶に関係した細菌や、うつに関係した細菌がいることも、多くの論文で発表されています。

——パーキンソン病に関しては?

佐古田 私が面白いと思っているのは、ブラークという病理の先生が発表した説ですね。パーキンソン病でできる「レビー小体」という脳の病変が、じつは腸から始まり上へあがっていくという論文があるんです。

——レビー小体は、一般的には脳のなかにできると言われています。それがまず腸内でできて移動するということですか?

佐古田 いや、正確に言えば、初期の頃は腸にだけできていて、それが進行していくと身体の他の部分にでき、脳でも脳幹にでき、大脳皮質にもできてくるというように、ステージによってできる場所が広がっていくということです。レビー小体自体が移動していくという考え方ではありません。

——なるほど。いずれにせよ、初期段階ではまず腸にレビー小体ができると。 

■病理だけ見ても本質は見えてこない

佐古田 こういう話もあります。パーキンソン病でレビー小体がたまるのに対し、アルツハイマー病は脳内にアミロイドβ蛋白という物質がたまりますが、亡くなられた患者さんを解剖すると、パーキンソン病の方のほとんどはアミロイドβ蛋白がたまったアルツハイマーの病理所見を持っているのです。

——アミロイドβ蛋白がパーキンソン病の方にも?

佐古田 ええ。元気な時に亡くなられた方でも、解剖すると発見されるケースもたくさんありますから、パーキンソン病に限った話ではありません。でも、興味深い事実だと思いますね。そうした場合、インシデンタルな(偶発的に発見される)アルツハイマー病という呼び方をしています。

——ただ、見つかったとしても、生前、元気で症状がないことがあるわけですね?

佐古田 そうです。パーキンソン病も同じで、症状がない状態で亡くなられた方であっても、解剖するとレビー小体が見つかることがあります。新しいパーキンソン病診断機器を作って、20人の健康なお年寄りを調べたことがありますが、2~3人の方に明らかなパーキンソン病の症状が見られました。

——病態が発生していても特に発症しない人がいる以上、ただ病理的なものにだけ注目しても治癒に結びつかない可能性がある?

佐古田 ええ。それに加え、身体全体を通して考察する視点も必要です。

——具体的にどういうことですか?

佐古田 たとえば、解剖で心臓の神経節を調べてみると、パーキンソン病で不整脈の患者さんの多くからレビー小体が見つかるんです。レビー小体が下から上へあがっていくという先ほどの説をふまえると、心臓で(レビー小体が)止まれば、それが心房細動と呼ばれるのだろうと私は考えています。実際に、交通事故で亡くなられた若い方で心臓神経節にレビー小体を見つけたという論文があります。

■心臓のパーキンソン病? 目のパーキンソン病?

——そのお話、すごく面白いと思いました。先生は、「パーキンソン病を持たない不整脈の患者さんも広義のパーキンソン病ではないか」と著書のなかで書かれています。

佐古田 まあ、かなり大胆な仮説ですけれどもね(笑)、心房細動の患者さんの1〜2割にそうした方がいらっしゃるのではと思っています。

——循環器の先生には思いもよらない話なのでは?

佐古田 そういう仮説で検証してもらえるといいのですが、一般的に「心房細動はどうして起こるのですか?」と循環器科の先生に伺うと「老化です」と。「では、老化とはなんですか?」と問うと、そこから先は答えがないわけです。

——先生は本の中で「心臓のパーキンソン病」という比喩的な表現で、心房細動のことを捉えていらっしゃいましたよね。つまり脳の病気だから脳の中で起こるという、病気を部分的に捉える発想を先生はされません。

佐古田 ええ。その通りです。

——つまり、パーキンソン病を身体全体のなかの病理として見ていくと、脳に現れる人もいれば、心臓のみでとどまっている人もいるということになる。同様の視点で、「間歇性外斜視」についても書かれてらっしゃいますね。

佐古田 年配者に多いですが、物が二重に見える人が眼科に行くと、「間歇性外斜視」と診断されます。普通は眼球運動に障害があって物が二重に見えますが、間歇性なので時々二重に見えている状態です。こういう症状も老化が原因と考えられていますが、もしやと思って調べてみると、網膜にレビー小体が見つかるわけです。ですから、「目のパーキンソン病」と呼んでいいのではないかと私は考えています。

——間歇性外斜視の場合は、パーキンソン的な運動障害が目だけで見られるということですね。大事なのは、脳だけ、心臓だけ、目だけではなく、もっとダイナミックに病態を受け止める視点なのかもしれません。レビー小体については、腸内でも発生するとおっしゃっていましたが……。

佐古田 いろんな方が研究をされていますが、なかには「できたり消えたり」を繰り返しているんじゃないかと書かれている論文もあります。腸との関係については、まだまだこれからというところですね。

■慢性疾患の原因は「ちょっと変な感染症」

——先生は、パーキンソン病の治療の一環として、食事の改善にも取り組まれていますよね。この分野では珍しいことだと思うのですが、なぜ食事が大切なのでしょう? 腸と健康の関わりについて話していただけませんか?

佐古田 私は、老化による慢性疾患の多くは「ちょっと変な感染症」が原因ではないかと考えています。腸には百兆にも及ぶ菌が棲息しているといいますから、その影響は計り知れません。こうした常在菌をうまくコントロールすることが治療の大きなポイントと言えます。

——菌という大きな括りでは、腸内細菌だけが特別とは言えない面もありますね?

佐古田 ええ。私もすべての菌の働きを理解しているわけではありませんが、口腔内にも500種類の菌がいますし、胃に棲息するピロリ菌も無視できませんが、肝臓、胃、冠状動脈、目、鼻、口など、慢性的に人に住み着く菌の存在も知られるようになってきました。

——そうした菌の一つとして、先生はピロリ菌の研究に注目されていますね。

佐古田 ピロリ菌によって起こる病気としては胃炎や胃ガンが知られますが、最近では、「血小板減少性紫斑病」のような胃外病変も注目されるようになりました。胃の中だけでなく、胃の外でも病変を起こすわけです。この病気は、ピロリ菌除菌をすると良くなるということで、保険でも認められています。

——ピロリ菌イコール胃の中ではないわけですね。除菌に問題はないのですか?

佐古田 胃カメラ検査をせず、胃炎や胃潰瘍の有無がまったくわからない段階で抗生物質をたくさん出している医療機関が多いようですが、どんなタイプの感染者を除菌すべきなのか、あまりわかっているわけではありません。

——除菌すべきかの判断は難しそうですね。

佐古田 私の病院では、除菌するのは明らかに胃炎がある人だけですね。まあ、それが正しいかもまだわかっているわけでありませんが。

——その一方で、パーキンソン病の患者さんを除菌すると改善するケースもあると、先生はおっしゃっています。

佐古田 これは難しい問題で、「過去に除菌した人がパーキンソン病にかかりやすい」という論文もあれば、「パーキンソン病が進行中の人には除菌が有効である」という論文もあります。現状ではどう理解すべきか難しいところです。

■クスリにばかり頼る必要はない

——わからないところが多いとはいえ、ピロリ菌の存在を考慮することで、症状が改善されるケースもあるわけですよね?

佐古田 後で詳しく話ますが、私の病院では、光を当てることで改善する人もいれば、食事療法で改善する人もいます。ただ、そうした治療を試してもなかなか改善しない人を調べると、ピロリ菌がいることがあり、そのなかには除菌によって改善する人もいます。それでも効果が現れず、なおかつ抗生物質に抵抗性がある患者さんには、とても苦労させられるわけですが……。

——そういうお話を伺うと、一筋縄でいかないというか、全身の様々な事象をふまえながら患者さんを診ていかないとならないのだと思います。患者さんの生活習慣とか過去の生き方も、かなり関わってくるのでは? 

佐古田 生活習慣ということで言えば、睡眠時の無呼吸や低呼吸を治しても改善する場合があります。薬剤に抵抗性のある高血圧の患者さんの7割、腎疾患の患者さんの3割、透析患者さんの9割が無呼吸といいますから、どの病気であっても「ぐっすり眠れば良くなる」というスタンスが必要になってくると思いますね。

——生活習慣の一つして、睡眠もパーキンソン病に関わってくるわけですね。

佐古田 ええ。いくつかのポイントを押さえて治療していくと、それほど薬を増やさなくてもいろいろな病気の患者さんが良くなっていきます。

——一般的には、パーキンソン病は難病であり、治癒の決め手がないとされていますが、先生のお話を伺っていくと希望が見えてきますね。

佐古田 たとえば、心疾患にも、胎盤機能不全のなかにも無呼吸・低呼吸の人がいます。ですから、循環器科や産婦人科の先生もこうした睡眠時のリスクについて本当は考えなければいけません。ほかにも、無呼吸・低呼吸を治すと認知症が改善されるという論文がありますし、線維筋痛症という体のあちこちが痛くなる病気も、深い睡眠がとれていないからだという説があります。

——どの診療科でも無視できないポイントなんですね。というより、こうした一つ一つの症状も関連しあっているのでは?

佐古田 そうかもしれません。パーキンソン病の患者さんに逆流性食道炎や高血圧がある場合、私の病院では必ず無呼吸の検査をします。無呼吸を治せば、これらの症状全体がトーンダウンすることが多いのです。

■睡眠時は「無呼吸」より「低呼吸」が怖い

——「睡眠時無呼吸症候群」については、聞いたことのある人も多いと思います。イビキをかく人は、睡眠中に断続的に無呼吸になっている可能性は高いと言われていますね?

佐古田 はい。ただ、60歳を過ぎて不整脈、高血糖、高血圧などの合併症がなければ無呼吸が大きな問題になることはないと、私は感じています。合併症がある人にとって、ぐっすり眠ることが一つの治療になると考えればいいでしょう。

——先生は、無呼吸よりもむしろ低呼吸のリスクを重視されていますね。そうした発想も耳にしたことがなかったので、とても驚きました。

佐古田 確かにあまり聞いたことはないでしょうね(笑)。検査で見逃されてしまうような低呼吸でも、マウスピースなどを使用して治療すると、(パーキンソン病の症状が)劇的に良くなることがあるのです。じわじわとむしばまれるほうが、身体に影響が出やすいところがあるのでしょう。

——骨格的な問題も含めて、日本人に多いと伺いましたが……。

佐古田 イメージとしては、やせ型の女性の患者さんで、いろいろと症状を訴えることが多い時は、「低呼吸かな?」と疑いを持っていいと思います。ただ、検査をしてもほとんどの先生は問題にしないでしょうけどね。(より精度の高い検査である)終夜睡眠ポリグラフまでやろうとはしませんから。

——実際、検査では数値が出にくいと思います。判断が難しくありませんか?

佐古田 いま、家でもやれる簡易型の検査法を作成しているところですが、現時点では読影する人の能力も相当求められるでしょうね。

——視点が多岐にわたっていらっしゃるので、一度ここで整理させてください。先生は、パーキンソン病治療の柱として、通常の投薬治療にとらわれず、「食養生」「睡眠養生」「日内リズム養生」という3つの養生法を掲げていますね?

佐古田 はい。もっと全体的に、病態ではなく患者さんを診るべきなんです。

——「食べて、寝て、日中は光を浴びる」という生物としての基礎の部分に不具合が生じると様々な病気にかかりやすくなる……そうとらえると明快ですし、面白いですね。

佐古田 ええ。パーキンソン病の患者さんも、こうした養生法を組み合わせるなかで治癒率を高めていくことができるんです。

↓続きはこちらをご覧ください。

★「病気の大半は“奇妙な感染症”と呼ぶべきものでしょう」(佐古田三郎インタビュー②)

★「全体を部分でとらえる発想そのものを見直すべき時期に来ています」(佐古田三郎インタビュー③)

◎佐古田三郎 Saburo Sakoda

国立病院機構・刀根山病院院長。大阪大学名誉教授。1975年、大阪大学医学部医学科卒業。大阪大学講師・助教授を経て、2000年、大阪大学医学部神経内科教授に就任。2010年より刀根山病院院長に就任。パーキンソン病を専門としつつ、所属する診療科(神経内科)の枠にとらわれない身体全体にアプローチした病態の解明、生体リズムを改善する「高照度光療法」、「絶食療法」(断食)などを取り入れた薬に頼らない治療法、日常の食事や睡眠などを重視した養生法のあり方などについて幅広く研究、啓蒙を続けている。著者に、『医者が教える長生きのコツ〜病院・薬に頼らない、自分でできる「現代養生訓」』(PHP研究所)がある。