「全体を部分でとらえる発想そのものを見直すべき時期に来ています」(佐古田三郎インタビュー③)

■日常の中に病気の原因は隠されている

——先生の病院で行われている「光を浴びる」治療法について、もう少し教えてください。

佐古田 正式には「高照度光照射療法」といい、もともとはうつ病などで扱われている治療法です。ただ、日本ではあまり精通している方がいなかったため、いまはオーストラリアの先生に教えてもらいながらやっています。この分野の第一人者であるグレゴリー・ウイリス先生と言います。世界でこの治療法を行っているのは、日本の私たちとオーストラリアのウイリス先生のグループだけです。

——これはどのくらい光を当てるのですか?

佐古田 まだどの程度の時間が適当なのかハッキリわかっているわけではありませんが、いまのところ1時間当てるようにしています。

——パーキンソン病の患者さんのなかにも、生体リズムがずれ「睡眠相前進症候群」という眠くなる時間が早くなる症状も出てくるわけですよね。

佐古田 はい。パーキンソン病の治療薬であるドーパは覚醒作用がありますから、その副作用として、睡眠相前進症候群になってしまう面もあります。こうした患者さんには、夜の20〜21時の1時間に光を当てます。

——薬の副作用で眠る時間が早くなるわけですか?

佐古田 ドーパはドーパミンの欠損を補うための薬ですが、覚醒作用があるため眠れなくなるんです。その結果、生体リズムが乱れ、夕方くらいに眠くなってしまいます。光を当てるのは、まずぐっすり眠ってもらうためですね。夜に眠れるようになれば、時計遺伝子の乱れも解消されやすくなります。

——こうした治療は、いつ頃から?

佐古田 4年くらい前(2011年)からです。以来、全国各地からやって来るパーキンソン病の患者さんにすすめ、これまで170人ほどが体験されています。あまり宣伝しているわけではないのですが、口コミであちこちから来られますね。

——先ほどの三本柱の一つがこの光を利用した「日内リズム養生」なのだと思いますが、食事にしても、睡眠にしても、やはり生きることの基本的な部分に問題の答えが隠されているように思えます。

佐古田 おっしゃる通り、病気になるのは日常生活のどこかに問題があるわけです。そこを考えずに薬ばかり飲んでいても、治癒はなかなか難しくなります。自分の生活を一度チェックして良くない点を見つけて直せば、病気の回復は早いでしょう。薬はしょせん毒ですから、何かしら問題が出てきます。

■残薬をいかに減らしていくか

——長年にわたり薬の開発に携わってきた先生の言葉なので、とても重く感じますね。

佐古田 たとえば、胃酸を分泌する薬が開発されたことで胃潰瘍などは劇的に減りましたが、その薬の副作用として、パーキンソン病や骨粗鬆症は増えるというデータがいま頃になって出てきています。残念ながら、すべてに良い薬というのはないんです。ですから、患者さんには生活のなかでできることを行ってもらい、それでも足りない部分を薬で補いましょうというスタンスが重要ですね。

——先生は、大阪大学の医学部で新薬試験センター長をされていたんですよね。そうした長年の経験のなかで、薬の良い面と悪い面をつぶさに見てこられたのだと思います。

佐古田 薬を作ることも必要ですが、いまの時代は我々が望んでいなくても製薬会社が開発して、データに優位性が出たら発売されるという状況です。その結果、実際の治療にさほど役に立たないものがどんどんマーケットに出てきて、それで売り上げが一千億円などと言われます。医療費が圧迫されることを考えると、もっと私たちが日常でできることを積み上げていく必要があるでしょう。

——研究が進み、専門化が進むと、それぞれの分野の専門家が出てきて、医療でもそれぞれの診療科で薬が処方されることになりますから、必然的にオーバードーズ(多剤投与)になり、予期せぬ副作用が発生する場合も増えてきます。

佐古田 それは間違いありません。

——こうした負の部分を改善していこうとする流れのなかで、先生の治療があるのだと感じます。

佐古田 そうですね。私のほうでは、病院のある豊中市の調剤薬局の皆さんと勉強会を開き、どうやって減薬するか、患者さんの残薬をどう減らしていくかについて話し合い、具体的な方策を練っています。

——患者さんの手もとに、飲みきれない薬がたくさん残っているという状況ですね。

佐古田 一つ一つの病名に対して薬を出していると、年配者の場合、服用する薬がゆうに30種類を超えてしまいます。それがベストであるとは誰も思いませんし、身体への作用も保証できないでしょう。ですから、もう少し薬を減らせる環境づくりが必要ですし、医者も安易に薬を出しすぎる面を見直さなければなりません。

■ヒトは光合成するのか?

——光に関して、もう一つ興味深い話題があることを思い出しました。先生は「光合成」についても研究されていますね?

佐古田 以前、医師会のニュースに「人は光合成をするか?」という寄稿文を書いたのですが、ご存じのように、植物はクロロフィル(葉緑素)で光合成をします。このクロロフィルによく似たものはヒトでは、「ヘム」と呼ばれています。ヘムはヘモグロビンと呼ばれるタンパク質に結合します。

——ヘムの働きや性質がクロロフィルと似ているということですか?

佐古田 正確に言うと、ヘムタンパク質と呼ばれるタンパク質のなかで一番多いのがヘモグロビンです。ほかにサイトクロームC、ヘムオキシゲナーゼ、一酸化窒素合成酵素などがあり、これらはすべてヘム結合のタンパク質です。面白いことに、PER2やNPAS2などと呼ばれている時計遺伝子もヘムタンパク質です。

——こうしたヘムタンパク質が光と関係しているということですか?

佐古田 少し例を挙げながら考えていきましょう。たとえば、かつらメーカーのアデランスが「赤い光を当てると毛が生えてくる」という機械を発売しました。アメリカでは、赤い光を当てると創傷治癒が早くなるという臨床研究がされています。どうやら赤い光がサイトクロームCを活性化して、ATPを作るようなのです。

——面白いですね。サイトクロームCは、細胞内にあるミトコンドリアでエネネルギー代謝に関わっている物質ですね。活動エネルギーのもとになるATPの多くはミトコンドリアで作られますから、サイトクロームC、ミトコンドリア、エネルギー産生、光といったキーワードがつながってきます。

佐古田 一方で、植物はクロロフィルで光合成と言いましたが、ヒトはメラニンで行っているという説がメキシコの研究グループから出されています。まあ、かなりユニークな説なのですが。

——ここにも光が関わっているわけですね。メラニンは脳内の黒質でも作られていますが、その理由がよくわかっていないとおっしゃっていましたね。

佐古田 目の網膜にもメラニンが含まれます。瞳孔が黒く見えるのは、網膜の外側を覆う網膜色素細胞にメラニンが含まれるからです。皮膚に太陽が当っても、紫外線の影響で肌が黒くなり、シミができますよね。

——メラニンというと、一般的には紫外線をカットする働きくらいしか知られていません。でも、じつは身体の黒くなる場所に偏在しているんですね。

佐古田 メラニンの役割は本当にそれだけでしょうか、というのが私の疑問なのです。何らかの理由で黒質が高いエネルギー産生を要求する組織であるとすれば、光合成説につながってくるかもしれません。

——黒質が光の影響を受けているというのは……。

佐古田 皮膚ではメラノサイトという色素細胞がメラニンを産生し、表皮細胞であるケラチノサイトにとどまって、紫外線から身を守ります。ここにはチロシナーゼという酵素が関わっているのですが、黒質にチロシナーゼが存在する報告を私はまだ見いだせていません。黒質のメラニンがどうやって産生されるのか、その経路は謎めいています。ちなみに、メラニンは耳にも腸にも存在していますが、その役割もわかっていません。

■大きな動物のほうがエネルギー効率がよい理由

——なにやら推理小説を読み解いているような面白さがありますね(笑)。

佐古田 2007年に発表されたアルバート・アインシュタイン大学の研究では、「鉱山に行くと黒いカビが生えていることやチェルノブイリ事故でも黒いカビが増えたことから、黒いカビが生えるのは放射能や紫外線をカットするため、カビにメラニンが存在するのだと」という説に異論を唱えています。

——黒いカビにもメラニンが含まれていた?

佐古田 ところが、このメラニンを調べてみたところ、紫外線や放射能に対する感受性には変化がなく、むしろ電磁波が当たることでATPを産生していました。そのため、チェルノブイリ事故の黒いカビの増殖もメラニンによる光合成なのだと考えられるようになりました。

——ここまでの話を整理すると、クロロフィルに似たものとしてヘムがあり、黒質のメラトニンも光合成に関与しているかもしれない……。

佐古田 生き物は光とともに進化してきたわけですが、私たちが医学部で学んだことのなかに光の重要性についての言及はほとんどありません。生物の活動の根幹にあるエネルギー代謝のメカニズムについては、ヒトと光の関係を視野に入れながら、もう一度考え直さなければいけないかもしれません。

——エネルギー代謝については、ミトコンドリアが解明される過程でほぼ全容が明らかになった感がありましたが、光との関係は欠落している気がします。

佐古田 たとえば、トカリネズミは2グラムの体重で1・4グラムのエサを食べますが、この比率でゾウの食べる量を計算すると、現状の20〜30倍は必要になります。大きな動物のほうがエネルギー効率が良いということになりますが、それがなぜなのか十分な説明はなされていないでしょう。

——食べる量が相対的に少ない以上、何で補っているかということですね。

佐古田 その説明として、大きな動物は光合成をして補っているという仮説も可能かもしれないということです。

■シュレディンガーの予言

——先生のお話を伺っていくと、これまで習ってきたこと、身につけてきた常識をいったん解体して、もっと包括的にとらえ直す必要がある気がします。

佐古田 そうですね。もっと視野広げる必要はあると思いますね。

——現代物理学の大家であるエルヴィン・シュレディンガーが、『生命とは何か』という本のなかで語っている一節を思い出します(下記参照)。いまという時代は、「諸々の事実や理論を総合する仕事に思い切って手をつける」、大きなターニングポイントなのかもしれません。

佐古田 そろそろ、全体を部分に分けてとらえる方法そのものに問題があったのではないかと気づいてもよい気がしています。患者さんから「万人に共通な事項」としての病因を切り出すことにより、患者さんの生き方そのものにアプローチする方向に医療も転換していくべきでしょう。

——このあたりの点については、また時期を改めてお伺いしたいと思います。興味深いお話、どうもありがとうございました。


「事実や理論を総合する」

〜これからの科学のあり方を想像する〜

「しかし、過ぐる百年余の間に、学問の多種多様の分枝は、その広さにおいても、またその深さにおいてもますます拡がり、われわれは奇妙な矛盾に直面するに至りました。 

われわれは、今までに知られてきたことの総和を結び合わせて一つの全一的なものにするに足りる信頼できる素材が、今ようやく獲得されはじめたばかりであることを、はっきりと感じます。

この矛盾を切り抜けるには(われわれの真の目的が永久に失われてしまわないようにするためには)、われわれの中の誰かが、諸々の事実や理論を総合する仕事に思い切って手をつけるより他には道がないと思います。

たとえその事実や理論の若干については、又聞きで不完全にしか知らなくとも、また物笑いの種になる危険を冒しても、そうするより他には道がないと思うのです。」 

(エルヴィン・シュレディンガー『生命とは何か〜物理的にみた生細胞』岩波新書より)


↓バックナンバーはこちらをご覧ください。

★「食べる、寝る、呼吸する、光を浴びる……生命を蘇生させるカギは日常にあります」(佐古田三郎インタビュー①)

★「病気の大半は“奇妙な感染症”と呼ぶべきものでしょう」(佐古田三郎インタビュー②)

◎佐古田三郎 Saburo Sakoda

国立病院機構・刀根山病院院長。大阪大学名誉教授。1975年、大阪大学医学部医学科卒業。大阪大学講師・助教授を経て、2000年、大阪大学医学部神経内科教授に就任。2010年より刀根山病院院長に就任。パーキンソン病を専門としつつ、所属する診療科(神経内科)の枠にとらわれない身体全体にアプローチした病態の解明、生体リズムを改善する「高照度光療法」、「絶食療法」(断食)などを取り入れた薬に頼らない治療法、日常の食事や睡眠などを重視した養生法のあり方などについて幅広く研究、啓蒙を続けている。著者に、『医者が教える長生きのコツ〜病院・薬に頼らない、自分でできる「現代養生訓」』(PHP研究所)がある。