「生きる」とは何か?

さて、今日は、「生きるということ」について話をしたいと思います。

何の意味があってこの世に生まれているのか?
「生きる」とは一体なんだろう?

私は子供のころから、結構このテーマが気になっていました。

なんのために生きて、なんのために死んでいくのか。

行き着いた答えはこのメルマガでも何回かお伝えしている通り
「楽しむため」だということなのですが、

このように書くと、
なにか特別素晴らしい功績を残したり、
キラキラ誰が見てもうらやむような生活だったり、
なにか自分の「外」に「楽しさ」があるように
伝わってしまっているかもしれません。

でもぶっちゃけ、
日常って、そんなにキラキラしていませんよね。
むしろ、見たくないこと、感じたくないこと、
こんな自分になりたいっていう理想の自分と現実は違ったり。
人生ってこんなものなのかな?もう嫌だ、、って心が折れかけたり。

皆さんが憧れの人も、
きっとそんな風に他人からは見えないだけで、
ほとんどみんな同じような悩みや不甲斐なさを感じているのでは。
と思っています。笑  きっと、みんなみんな同じ。笑
(魂が磨かれて、神様レベルだったら、もう、この肉体を持って、きっと生まれてくる必要がないのでは?)

でも、屋久島で改めて気付いたことがありました。

そんな、
全然美しくない変わり映えのない日常を
ただ一生懸命に生きていることが、いかに美しいことなのか?を。

それこそが「生きる意味」なんだ!と。

泣いたっていい。
怒ったっていい。
立ち止まってもいい。

でも、それすらも、「楽しい」の中の1コマ。
「美しい日常」の中の1コマ。

前回の話につながりますが、
「主体的に生きる」という覚悟を決めるだけで、
【この何の変哲もない日常】は鮮やかさを取り戻します。

泣いたって、
怒ったって、
立ち止まったって、
たまには醜い自分が出ても、、

それすらも、

それは美しい、楽しいことであると自分で転換すること。

生きているこの体験全てを味わい、糧に変える(楽しむ)という覚悟。

ただこの転換には、
「自己内対話」だと限界があるのも事実。

ぐるぐる自分VS自分だと、
深く深く潜りすぎてしまうことも。

仲間の力を借りてゆきましょう。
そして、体を整えることで、心身のバージョンアップを図ってゆきましょう。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!
一緒にセルフメンテナンスをして豊かな人生を創りましょう。

セルフメンテナンス協会・メールマガジン2021/3/21配信)より転載

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