「身体感覚を磨いていくと、骨はコチコチの固い物質ではなく、もっと滑らかなイメージに変わっていきます」(松村卓インタビュー②)

タイトルを見て、「どんな意味だろう?」と感じた人もいるかもしれません。直訳すれば、「あなたの骨を感じよう」。それが英語では、「直観に従おう」という意味になります。

直観とはパッと思いついたものではなく、その人の思いの核にあるもの。本当に大事にしたい拠りどころとなる感覚。それがなぜ骨と? 不思議なようですが、日本人も「骨がある人」と言えば、生き方の芯を持った人を思い浮かべます。「あいつの骨を拾う」と言えば、その人の魂そのものを受け継ぐことを指すでしょう。

つまり、目には見えない骨にこそ、大事な魂が宿っている。その骨をカギに劇的とも言えるパフォーマンスの向上を実現させる「骨ストレッチ」が、いま大きな注目を集めつつあります。

創始者の松村卓氏と出会い、縁がつながれていくことで、最初の本を世に送り出したのが2011年。当時、撮影の舞台として選んだ東京の代々木公園で氏と落ち合い、5年半ぶりに目にする景色のなか、ゆっくりと過去・現在・未来へといたる道のりをたどってみた。今回はその後編(前編はこちら)。

「筋肉」よりも「骨」を使え!

――最初の本が有難いことに好評で、2013年に2冊目の『骨ストレッチ・ダイエット』が出て、次に『「骨ストレッチ」ランニング』が出て、そうやってコツコツと出版を重ねるなかで、大きな転機になったのが、4冊目の『「筋肉」より「骨」を使え!』でしたね。

松村 すごかったですよね。あの本が出て、たくさんの方に読んでいただいて、講習会の参加者が一気に増えたんです。

――武術の師匠であった甲野善紀先生との対談というのも感慨深かったと思いますが、それ以上に嬉しかったのが、それまで読んでくれなかった層の人たちから「面白い」「すごい」と感想がいただけたことでした。

松村 出会いの幅が広がりましたよね。

――講習会にも、いろいろな分野の方が……。

松村 やっぱり、スポーツをやっていると真面目な人ほど壊れていくんです。勝ちたい、強くなりたい、ライバルに抜きん出たい……そういう人ほど努力する。できないのは自分が弱いからだと思って、体が悲鳴をあげているのにトレーニングして壊れちゃう。それで、「いいと言われていることをこんなにやっているのになぜ勝てないんだ、怪我するんだ?」ってなったときに、本当の答えを探すようになるんですよ。

――そうやって骨ストレッチを探しだして、講習会で先生の実技を見てびっくりする。目からウロコが落ちる(笑)。

松村 「ボク、17歳で〜す」とか言うけど、だれも笑ってくれない。

――笑えないですよ、先生の動きを見たら。

松村 怖いもの見たさに講習会に来てみたら、なんじゃここはと(笑)。

――真面目な人ほど行き詰まるということは、手を抜くのを上手だったり、ほどほどに練習をしていたりする人のほうが、かえってパフォーマンスが発揮できているのかもしれませんね。

松村 すべての人がそうだとは言い切れませんが、そういう面はあると思いますね。たとえば、丸山茂樹さんというゴルファーがいましたよね? 日本で活躍したあと、アメリカに行って3勝ぐらいして。アメリカでそれだけ勝てたのは彼くらいだそうですが、「もっと強くなりたい」と筋トレで肉体改造を始めたら調子を崩し、どんどん成績が落ちていったという。

――丸山さんは、日本にいるときはいつも笑顔で、いい感じにゆるんでいましたが、アメリカで調子を崩されたんですね。

松村 ある方から聞いたんですが、丸山茂樹さんと同じ年齢のアメリカ人ゴルファーがいて、見た目はお腹が出てぶよぶよなのに、いまだに元気にプレーしていると言うんです。

――常識とは結果が逆になっていますね。

松村 石川遼くんも「ハニカミ王子」だったのが、いろいろとトレーニングを取り入れ、フィジカルを鍛えるなかで、だんだん苦しい顔をするようになった。野球界でも、高校時代の斎藤佑樹投手はとても柔らかかった。ところが筋トレをしたら硬くなってしまい……。

――ハニカミ王子に、ハンカチ王子。何とか王子ブームじゃないけど、みんないい具合にゆるんでいるという共通点があって、そこに人を癒す魅力があったと思うんですね。それがフィジカルを鍛えることで、ちょっと違う世界に行ってしまったみたいな印象があります。

松村 「柔よく剛を制する」という言葉がありますよね? 柔道というのは、柔の道であるはずなのに、いまは剛の道になってしまっている。「北斗の拳」で言えば、みんなラオウのほうを目指してしまうんですね。

柔道は「柔らかさを求める道」

――思えば、柔道ってすごくいい言葉ですよね。

松村 そう、柔らかさを求める道なんですよ。それが、力づくでつかんで、倒そうとするでしょう? 本当は触れるだけでもいいんです。触れるという字を見ると「虫の角」と書きますね。要するに、触れるということは虫の触覚の動きなんですよ。

――また面白いことに着目しますね。

松村 つまり、虫たちは相手に触れることで、自分に危害を及ばさないかどうかを調べている。触れて大丈夫かなと確認しているわけですが、つかんでしまうと、それがわからなくなるんです。(手で触れる動きを示しながら)このくらいの感覚で触られるとすごく嫌でしょう? で、逆につかまれたほうが安心する。普通の発想と逆なんです。

――こうして説明していただき、体感すると、「よく考えればそうだな」ってわかりますが、通常はそういう発想にすらないらない。要するに、みんなでマジックにかかってしまっているんですね。

松村 まさしくそうだと思います。

――それで、しないでいい苦労をしている。わざわざ力づくになって、必死になって動かそうと四苦八苦する。おそらくあらゆる分野で、これと同じことをしてきているんでしょう。

松村 専門家がいろいろと分析をして、ウサイン・ボルトのような黒人の大腰筋と日本人の大腰筋の数が違うんだと、その時点で日本人は勝てるわけがないんだって力説するんです。日本人が9秒台で走れないのは、大腰筋の太さのせいだと。そう言われてしまうと、「じゃあ、勝てないんだ」と思ってしまいますよね。

――特に科学的にそうだと言われると、それ自体がマジックになりますね。

松村 ところが、能楽師の安田登さんの本に書いてあったのですが、大腰筋というのは骨盤を立てないと使えない。でも、黒人は骨盤が前傾しているから、じつは大腰筋はあまり使えていないんです。それでもあれだけ速いのに、大腰筋の量が違うからっていう言葉を信じてしまう。おっしゃる通り、マジックですよね? こういう説明をすると、うちのランニング教室に来られた方はみんなゲラゲラ笑う。そうだ、その通りですねって。

――先生のお話で、マジックが解けたからでしょうね。「じゃあ、勝てないんだ」から「勝てるかもしれない」という意識になるだけで、走りの質は変わってくると思います。

松村 欧米人は椅子の民族だから、ハムストリングや大臀筋が発達しているから強いとか、それもマジックだと思いますよ。冷静に考えていくと、こうした話がいっぱい出てくるんです。

――マジックにかかっている人は、そうした話が当たり前だと思って、知らないうちに自分の動きを制限したり、ゆがめたりしているわけですよね。何かきっかけがあれば「な〜んだ」となるんでしょうが。

松村 長い間、腕を振らなきゃ速く走れないって言われてきましたが、じつは振ったら遅くなる。そこをひも解きする人がいなかった。

――先生にかかると、ランニングの常識、スポーツの常識がどんどんと崩れて、跡形もなくなってしまう(笑)。

松村 骨ストレッチのランニング教室では、腕振るとどれだけ走るのが遅くなるか、どれだけ身体にダメージがあるかということを、受講者の方に体験してもらっています。

――自分の感覚で、自分の身体で味わってみる。

松村 そうです。それで、腕を振らない、身体の骨組みを意識したランニング法をお伝えするわけですが、そのほうがずっとラクなんですよ。「いいんですよ、腕を振って走っても」と言っても、「二度と腕は振りません」って必ずなる。一瞬で変わるんです。これもマジックでしょう?

「五本指ソックスはナチュラル」という固定観念

――先生はマジックのタネ明かしをする役割というか、要はタネ明かしの講習を行っているんですね。

松村 たとえば、「五本指ソックスをはくと身体がかえって固くなるよ」と言っても、はいてくる人がいるんです。それで、「トレイルランをしているんですが、先生の言う通りに走れない」って言う。

――そういう感じの人っていますよね。

松村 あなた、その靴下をはき続けるんだったら、骨ストレッチ・ランニングはやめたほうがいいよって。いいところどりをしても無理なんですよ。

――五本指ソックスは、ナチュラルなイメージがありますよね。身体の声を聴いて選んでいるというよりも、そういうイメージではいているところがあるかもしれませんね。

松村 ここでも、はいてはダメだと言っているわけではありません。個人の自由なんです。でも、十中八九、はいて身体を動かすと違和感が出る。はいていない場合と比べると、それがわかるわけです。で、「はいていいんだよ」って言っても、「もうはきません」って、みんな言います。

――腕のまわり具合とか、前屈したときの体の硬さとか、ちゃんと確認していけばわかるわけですね。

松村 骨ストレッチのメソッドは、すべてそうやって試していくことで、体感につながるようにしています。

――普通、そういう検証をすることってないですから、それほど心地よくなくても、そういうものかと思って続けてしまう。

松村 それがたくさんあるんです。身近なところを見回すだけでも、あれもそうなのか、これもそうなのかと(笑)。

――センスのいい人は、そうした感覚を持っていると思いますが、感覚的にわかっているだけなので、先生のように明確には伝えられない。

松村 頭で考えることを大事にしている人は、これまでのストレッチがいいと言うかもしれない。それはそれでいいんですが、いちばん大事なのは、身体をつねに心地いい状態にするということです。そこに意識が向かうようになってくるとすべてが変わってきます。

――個別にどうという話ではなく、根っこから変えないとわからない?

松村 これまで身につけてきた常識、概念をいったんリセットして、ニュートラルポジションにしないと、何がいいのか悪いのか、わからないということですね。

――まず、ニュートラルポジション、ゼロのポジションに立つ。先生は、その大切さを骨を媒介にして伝えているわけですよね。骨を介しているから、コツ(骨)がつかめる。

松村 はい。それが第一歩ですが、身体感覚を磨いていくと、骨はコチコチの固い物質ではなく、もっとずっと滑らかなイメージに変わっていきます。ブルース・リーじゃないですが、水になればいいんだと。水になった瞬間、なんでもできちゃうんですよ。

「自由自在」から「変幻自在」へ

――骨ストレッチで柔軟性を高め、骨身に任せて身体を動かせるようになると、水のように感じられるということですね。

松村 いまはそういう意識で身体を探求している感じですね。長沼さんと、「自由自在」の話をしたじゃないですか。

――ええ。自由自在であるということは、「自分が在るから自由なのだと」、そういうとらえ方をされていました。

松村 ほとんどの人は、自由ばかりを追い求めていますよね。でも、自由になりたいと思っている時って、他人と比較して、何かが足りないと思っていることが多いと思いませんか?

――いまいる場所、いまの自分を否定して、何かになることで自分を解放させたいっていう感覚かもしれません。

松村 そういう自由を求めているうちは、いくら頑張っても、不思議なことに不自由になっていくんですよ。だから、そこから抜け出すために、ぜひ自在を求めてほしいと思うんですね。

――自在とは、「自分在りき」ということだと。

松村 人と比較なんかせず、自分のやりたいと思うことを脇目も振らず、とことんやればいいんです。本来の自分の姿を求めて生きる、つまり自在を求めて生きれば、自由になっていける。

――それが自由自在の意味だということですね。

松村 で、自由自在の次は、「変幻自在」だと思うんです。つまり、身体は水だと言った瞬間、自分の意識のなかにある水が反応するわけです。ダムの水なのか、川のせせらぎの水なのか、大河の一滴となる水なのか……一人一人違っていますが、その人のなかの水が、変幻自在に現れる。骨が水でもいいというのはそういうことです。

――先生にとって、骨はどんな水なんですか?

松村 うまく伝わるかわかりませんが、僕は不二家のミルキーバーのイメージですね(笑)。なめると溶けていき、曲がるじゃないですか。ミルキーバーのように肋骨を動かしているんです。

――なるほど。そうした気づきはいつ頃から出てきたんですか?

松村 長沼さんと出会った頃だから、もう5年前ですかね。ただ、あの時はまだこれはできませんでしたけどね。

――ああ、「ど根性ガエル」のぴょん吉!(胸の一帯がTシャツから飛び出さんばかりに動くぴょん吉さながらに躍動するのを目にしながら)これ、いつ見てもすごいですよね。

松村 アスリートやダンス関係の人がこれを見ると、目が点になりますよね。体幹って、あんなに動かせるのかと。

――動いてしまうんですね(笑)。


松村 逆になぜ動かないのか? それは、動けなくなるようなトレーニングをしてきたからなんです。良かれと思って続けた筋トレやストレッチで硬化してしまった筋肉をまずほぐし、身体の骨組みが楽に使えるようになると、こうした動きも可能になってくるんです。

515ヤードを超えよう!

――どんな人にも、それだけのすごい可能性があるということですよね?

松村 ええ。それがわかっている以上、まず自分が見本を見せ続ける存在にならなければってつねに思いますね。この間、志村先生とゴルフをしたんですが、彼はもう350〜360ヤード、まっすぐ飛ばせます。300ヤード届かなかったのが、骨ストレッチを始めたことでそこまで伸びたんです。

――それもすごい話ですね。

松村 僕自身、全然練習はしていませんが、いま310〜320ヤードは出ますから、まずは360ヤードを目指して、毎年10ヤードずつ伸ばして、二人でマイク・オースチンを抜こうかって、本気で話しています(笑)。

――マイク・オースチンは、64歳で515ヤードを飛ばし、ギネス記録に載ったという……ちょっと変わり者の、プロレスでいうカール・ゴッチみたいなゴルファーですよね?

松村 だって、あのベン・ホーガンが嫌がったわけだから。

――数々のタイトルを手にした、ゴルフ史における最高峰のような存在が敬遠したという……。実際、マイク・オースチンは骸骨のコスチュームを身につけてスイングする映像を残していますね。

松村 私も最近、ある雑誌で同じ格好をやらされましたが(笑)、面白いですよね。骨身に任せたスイングがいかに大事か、わかっていた方ですよ。ベン・ホーガンもそうですが、往年のゴルファーはふんばらず、体をねじらず、古武術のような動きができていましたよね。

――最近では、身体の骨組みを意識することが大事だという話をすると「なるほど」って思ってくれる人は増えてきました。でも、先ほど先生がおっしゃったのは、体内にある固体としての骨というよりも、もっと意識の本質とつながった印象を受けます。

松村 たとえば、家族で旅行した時に鳥のショーを見たんですが、そこで鳥の動きを観察していると、肩甲骨のあたりがうずくんですね。羽ばたくというのはどういうことか、自分の身体で内観できるんです。ところが、講習会で参加者の皆さんに鳥の羽ばたきを意識してもらうと……。

――(手振りを見ながら)ああ、手だけで。

松村 ええ。それで、鳥の動きをイメージしてもう一度肩甲骨を動かしてもらうと、その瞬間、動きが一変するんです。

――それって、頭で思い描くイメージとは少し違いますよね?

松村 対象と身体が共鳴共振する感じなんでしょうね。ですから、ほかの動物の動きを見ていても、いろいろとわかります。たとえば、僕がチーターだったら(首だけを動かしながら)振り向いたりはしない。(顔と身体を一緒に動かしながら)こう見る。つまり、顔と身体がつながっているわけです。

――なるほど。確かにそうですよね。

松村 最近考案した「小顔メソッド」は、この顔と身体のつながりを応用したものなんです。

――小顔メソッドと言っても、顔だけを動かすのではないわけですね。

松村 美容法やダイエット法として切り取ると、小顔がキーワードになりますが、全身が連動することになりますから、実際はスポーツや武術の高いレベルの動きにつながってくるんです。

いよいよ「小顔メソッド」も登場!

――骨ストレッチも、いよいよ顔の骨にアプローチするようになったわけですね。カギは、顔の中央にある蝶形骨だと伺っていますが……。

松村 蝶形骨が動くと骨盤が動くわけです。骨盤の要にあるのが、仙骨ですよね。こうした全身の骨のつながりが体感できるとアスリートの動作が一変するわけですが、それと同時に顔のこわばりもほぐれるんですね。

――そこが小顔の美容にもつながると。

松村 私自身もびっくりしましたが、ほおや首筋がひきしまる、女性がとても喜ぶメソッドになるんですよ。

――メソッド自体はすごく簡単ですからね。またブームになってしまいそうですね(笑)。詳しくは、6月に発売を予定している骨ストレッチの新刊をご覧いただくとして……。

松村 この間、スタジオで撮影をしてきましたが、楽しみですよね。

――逆に言うと、ほとんどの人は顔と身体が連動できていない?

松村 できていないですよ。たとえば、世界記録を連発していた、いちばん調子が良かった頃のウサイン・ボルトは、身体と一緒に顔が動いていましたよね。体幹が上下にダイナミックに動くのに合わせて、顔も左右に揺れて、まさに全身を使って走れていました。

――でも、変わったフォームだと言われていたくらいですから、真似しようとは発想しません。要は、彼は特別なんだと。

松村 そういう言い方になりますよね。私からしたら、(顔の動きが身体から分離され)不自由になってしまったのは、頭でっかちになりすぎた人類のツケなのかなと感じますけどね。

――よく全身運動って言い方をしていますけど、不適切なトレーニングで身体を硬化させてしまっているので、そもそも身体が使えてない。なおかつ、顔となると、その身体からも分離されてしまっている。年を経るごとに、骨ストレッチも新しい領域に入ってきましたね。

松村 そうですね。骨ストレッチをやればやるほど、身体がほぐれればほぐれるほど、身体が教えてくれるんです。無駄なことしなくていいよと。

――いかに無駄なことをして、エネルギーを浪費しているかということですね。

松村 ええ。講習会には空手やボクシングのプロの方が参加されることもありますが、「幻肢メソッド」でパンチのデモンストレーションをすると、誰も避けられません。

――ああ、幻肢というのは、脚が切断されたのにあると思ってしまうという……。

松村 つまり、脳に脚を動かしていた神経が残っているから、実際にはないのにあるものと思い込んでしまう。だったら、逆にあるのにないって思えるはずだと、僕のほうでもじったんです。

――パンチで言えば、腕がないと思うわけですね。

松村 腕がないのに殴れと言えば、もう腕の部分をワープして体幹から動かすしかないですよね。だから、動作が短縮できる。腕があるのに腕で殴ろうというのではなく、身体全身で殴っていく。神経プログラムが変えられるのかどうかわかりませんが、動きの質は明らかに変化します。

筋肉は「力の通り道」

――腕の重さをまったく感じなくなることで、体幹部にある、パンチを生み出す原動力そのものが相手に伝わるという。

松村 腕で力を作るのをやめ、ただ力の通り道に徹するんですよ。筋肉は力を生み出すところじゃなく、力の通り道なんですね。

――ただ理屈はわかっても、普通は腕を動かそうとしてしまいますよね?

松村 難しいと言えば難しいですが、身体の中心から動けばいんだということがわかってくると、それまでの予想を超えた動きができるようになるんです。どんなスポーツでも骨が動き、身体の中心が動けば、すべての部位が連動し、強く速い力が生まれる。わかるというのが大げさなら、コツがつかめたくらいでもいいですが。

――コツと呼ばれるものの大元のようなお話に思えます。

松村 中心、中心って、皆さん、体幹とか軸を作って身体を動かそうとするわけですが、それは中心ではないと思いますね。言葉にはできない、身体のもっと奥深いところからエネルギーが出ているわけで、それを感じることが大切なんです。

――先生のなかでは、それはどのくらい概念化できているんですか?

松村 うーん、そうですね。たぶん同じことを指揮者の人はやっていますよね。たとえば、小沢征爾さんとお話ができたら、きっと同じ感覚が共有できる気がします。ただ身体の末端でタクトを振る人と、(身体の中心を指しながら)ここにつながって、ここからタクトが振れる人と、存在感もそうですし、何より迫力が違うでしょう?

――スタート地点から全然違っているんでしょうね。わかるかわからないかで、天と地の差が出てしまうと思います。

松村 骨ストレッチって、動作をすることでその人が勝手に身体の内側とつながって、「ああこうすればいいんだ」って自分で答えが出せるから、一生の宝になるんですよ。教わったんじゃなく、自分で理解したから、いろいろなことに応用していける。そこで展開される差は、おっしゃる通り、天と地でしょうね。

――先生は、陸上のスプリンターだった現役時代、筋肉を徹底的に鍛え、いわば筋肉の世界の終着駅まで突き進んでいったわけですよね。そこまでとことんされてきたから、「陰極まれば陽」というか、それまでと真逆の世界に反転し、骨の世界につながってしまったと。

松村 本質を知るには、両極を知らないとならないと思います。筋肉という前輪だけで走ってきたのだとしたら、そこに骨という後輪を足してほしいですよね。前輪と後輪がまわるから車がスムーズに動くんです。

「何事も長所半分、短所半分」

――後輪のほうが、むしろ大事そうですね。

松村 実際、後輪を大きくしたほうがラクに動かせますね。逆に前輪が大きかったら大変でしょう?

――それに気づくには、一つのことにとことん打ち込む必要がある?

松村 とことんやったほうがいいですね。私自身、筋トレが大好きだったので、頑張って続けている人の気持ちはよくわかります。自分のやっていたレベルが低いって言われたらそれまでですが、世の中のスーパーアスリートも、結局、身体を壊してしまうことが多いですよね?

――身体を大きくして、パワーアップして、いまよりも強くなりたい、記録を出したい……必ずたどる道なんですかね?

松村 先日、タイガー・ウッズのデビュー当時の写真を見たんですが、いまと比べたら全然ガリガリで、でも、「ダブルT」(=松村氏が指導している骨身にまかせた、踏ん張らない立ち方)で立っているんですよ。

――ああ、やはり天性の素質があったんですね。

松村 それが、ウエイトトレーニングを取り入れ、身体を大きくしていったら、あちこち故障しはじめて、いまボロボロでしょう?

――そういう話は僕もたくさん耳にしますが、その一方で、筋力アップして成功している人もいます。

松村 何人に一人かはわかりませんが、筋トレをしても弾力性が失われない、いい筋肉を持っている人はいると思います。でも、その人のやり方が万人に通用するとは思えないですね。

――筋トレそのものを否定しているわけではない?

松村 先ほどの土橋先生もおっしゃっていますが、「何事も長所半分、短所半分」。だから、うまくやれている人もいると思いますが、その一方で、怪我をして泣いた人がどれだけいたか? 筋トレ、体幹トレで身体を固めてしまって、怪我や故障で心まで固まってしまってね。

――むしろ、そのほうが多いかもしれませんね。

松村 骨を意識すれば、もっとうまく身体が使えるんですよ。自分もそうでしたが、泣いている人がどれだけ救われるか。実力を発揮しきれず悔しい思いをしている人にどれだけ希望が与えられるか。

――本当にそうですね。ただ、ここは大事なところなので、もう少し伺いますが、たとえば、ラグビーが大ブレイクして、いろいろな人が興味を持つようになりましたよね。あれだけ身体と身体がぶつかりあう以上、筋トレが必要、筋力アップは必要と考えるのは自然なのでは?

松村 ええ、よくわかります。そのやり方が悪いと言っているわけではないんです。「その競技を行ううえで必要最低限の筋力は必要」という考え方もありますから、あとは個人の判断ですが、もう一つ追求する道もあるんです。たとえば、見るからにか弱い女性であっても、べろんべろんに酔っ払ってしまったら、さすがの五郎丸さんでも持ち上げるのは大変ですよね。

――緊張から解放され、無駄な力が抜けるだけで、それだけの重さが出てくるということですね。

松村 ですから、最近では「正気の酔っ払いになれ」って言っているんです。骨ストレッチではそれを目指しているんです。

――ああいうラグビーのようなフィジカルコンタクトの強いスポーツでも、そうした重さをもっと利用できるはずだと。

松村 結局、踏ん張らないと力が出ないと思っている人が、筋力アップをはかろうとするわけですよ。でも、僕たちは踏ん張らないで、身体をゆるめ、自分の体重を地球に乗せて、地面反力という大きなパワーをいただこうということですから、そこが受け止められるかどうかですよね。

「4年後の自分」が笑っていられるように

――それによって新しい可能性が切り開かれてくるわけですね。

松村 講習会で3人に組まれて押されても、身体の重さを使うと倒されないですからね。皆さん、信じられないって言いますけれど。

――通常から見れば、異次元の世界ですよね。

松村 自分としては、ただ力抜いているだけなんですよ。皆さん、頑張って力を入れて対抗しようとするから、空回りしてしまう。

――そういう世界があることを知って、いろいろなスポーツで取り入れていってほしいですよね。

松村 まあ、いまがそれなりに順調だったら、そんなわけのわからないことをやって、崩れてしまったらどうするんだって思いますよね。調子を崩して、飯が食えなくなったらどうしようって怖がる気持ちもわかる気がします。だからといって、壊れてしまってどうにもならない、引退寸前の人が来られるケースがどうしても多いんですけどね。

――そういう面はありますね。

松村 世の中全体が右向け右で、みんな同じことやっているわけですよ。イチローさんにみたいに自分の理論を頑なにと押し通せれば、そこから離れ、独自の世界が築けますが……。

――彼を特別視してもはじまらないですよね。

松村 ことしの2月29日は、4年に一度の閏年でしたよね。言葉遊びになりますが、閏年は潤う年です。次の閏年は2020年ですから、4年後の閏年に向けて、本当になりたい自分になっていきませんか?皆さんにはそう呼びかけたいですよね。

――滑らかさを取り戻していければ、文字通り、潤いますよね。

松村 いろいろな意味で潤う環境になっている自分の姿を思い描き、4年後に向けてコツコツと……。水だと思えば水になれるんですよ。それは決して難しいことではないです。コツをつかんで、意識を高め、4年後にもお互い笑っていられるように過ごしていきたいですよね。

――一人一人の意識や考え方も含めて変わっていく必要がありそうですね。これからどういう方向に進んでいくことになりそうですか?

松村 書籍では、一般の方向けのダイエット、それからゴルフをテーマにしていきたいと思っていますが、もう一つ思い描いているのは海外での普及です。いろいろなご縁が生まれつつあるので、Japanese Bone Stretchとして、海の向こうの人たちの喜ぶ顔が見たいと思っています。

――今後は、海外での講習会も実現していきそうですね。機会があればぜひハワイあたりでも……。

松村 そのときは長沼さんご夫妻もご一緒に(笑)。とにかく、いま以上に忙しくなってくると思いますが、自由自在、変幻自在に楽しくやっていきますよ。今日はありがとうございました。

松村卓 Takashi Matsumura
1968年、兵庫県生まれ。中京大学体育学部体育学科卒業。陸上短距離のスプリンターとして活躍。100mの最高タイムは10秒2(追風2.8m)。北海道国体7位、東日本実業団4位、全日本実業団6位などの実績を持つ。現役引退後、スポーツケアトレーナーに転身。ケガが絶えなかった現役時代のトレーニング法を根底から見直し、筋肉ではなく骨の活用法に重点を置いた画期的なストレッチ法「芯動骨整体(骨ストレッチ)」、体幹部を効果的に活用できる「骨ストレッチ・ランニング」「骨ストレッチ・ゴルフ」などを考案、全国で講習会を開催するほか、多くのスポーツアスリートの指導にあたる。スポーツケア整体研究所代表。著書に、ベストセラーになった『ゆるめる力 骨ストレッチ』(文藝春秋)、甲野善紀氏との対談『「筋肉」よりも「骨」を使え!』(ディスカヴァートウェンティワン)などがある。2016年6月に、ダイエットをテーマにした新刊を刊行予定。http://www.sportcare.info