「エステティシャンに必要なのは、お客様の心を開いていく『引き出し力』なんです」(須藤政子インタビュー①)

エステティックサロン、ヘアーサロン、スポーツジム、アイビューティサロン……「トータルビューティー」を国内外で展開してきた「ソシエ・ワールド」の代表として、美と健康の最前線を走り続けてきた須藤政子さん。

代表を退いた2016年、エステシシャンやセラピストのキャリアアップを全面サポートする「株式会社TESIOインターナショナル」(テシオ)を創業。その情熱は衰えることなく、生涯のテーマである「美を通して命を輝かせる」生き方を日々追求されています。

美容の世界の常識を打ち破り、「革命」を起こしてきた須藤さんのバイタリティーの源泉はどこにあるのか? 多忙をきわめる日常のなかで、どのように夢や理想を追い、心身の健康を保ってきたのか?

セルフメンテナンスを探究する「ゆかしい」こと中村友香(セルフメンテナンス協会理事)とともに、じっくりとお話を伺いました。

今回はその前編。2021年5月、都内にて収録。(長沼敬憲)

まわりに話せる人がいることが一番の幸福なんです。

須藤 ソシエにいた時、毎朝、車が迎えにくるんですけれど、お腹が痛くなって、必ずコンビニに一回入っていました。

――トイレですよね? いわゆる過敏性の……。

須藤 ええ。いまはそれほどでもなくなったのですが、当時はそれが大変でしたね。目に見えないストレスって、やっぱりあるので。

友香 須藤さんがそんな思いをされていたなんて、全然想像できないです。あれだけ巨大な組織で、(ストレスも)計り知れないんだろうなと思いますが……。 

須藤 事業というのは、小さくても大きくてもみんな同じですけどね。ただ、社員は確かに多かったですね、一時は2100人までいきましたから。その時は、新入社員も500人単位で採っていました。

――須藤さんは、ソシエに創業の頃からずっとおられたんですよね。

須藤 そうですね。私が入った時はまだ60人くらいしかいませんでした。最初はただの一技術者として入ったわけですが、そのうちエステに興味が湧いて、マネージメントをやるようになってからあっという間に会社が大きくなって……、美容からトータル・ビューティーへ展開するようになっていったんですね。

――エステティックは、女性の心や体を整えていくお仕事ですよね。須藤さんは、お客様に対してどのような意識で接していたのでしょうか?

須藤 すごく意識してということはないのですが……。エステティックに来られるお客様って、タイプがそれぞれあって、ソシエの場合、百貨店とかホテルにテナントとして入居していましたので、それなりの層のお客さんがお越しになられますが、多くのお客様がサロンに来て、話がしたいという。

――なるほど。話がしたい。

須藤 (その理由は)ほとんどがストレス。家庭のストレスだったり、夫婦間のストレスであったり、そうしたストレスがあるから、とにかく聞いてほしい、話したいという方が多かったですね。もちろん、やせたいとか、きれいになりたいとか、目的型の方もいますよ。でも、それ以上に求められていたのが話すことなんです。話す場所がない、と感じることも多かったですね。

――美容という枠にとどまらない感じですね。

須藤 私は現場に行くほうでしたけれど、面識のあるお客様に会うと、すごく喜んでくださいます。(そうした方が)いろいろと吐き出すように話すのを聞いていると、満たされないものがあるだろうなって。
 すばらしい環境で生活している人でも、心がなかなか満たされない。満たされることの根底って何だろう? それぞれにあるのでしょうけど、まわりに自分の思いを話せる人がいることがすごくハッピーなんだろうなと思いますね。

――逆に話せる人がいないと感情がたまってしまいます。そこをうまくリセットしてあげることが大事になってくるんですね。

須藤 ええ。エステシシャンに必要なのは、「引き出し力」なんです。昔は、ただ「聞いてあげましょう」って言っていましたが、いまは聞くだけでなく、その人の思いをどう引き出してあげるかが大事だと思いますね。
 思いを引き出していくことで、その人の心のなかにグッと入っていく……最近では、「コーチング力を磨きましょう」という言い方をしますが、ここがすごく大事ですよね。なかなか質問ができない方が多いのですが……。

友香 そのさじ加減ってすごく難しいですね。失礼になってもいけないし、でも、引き出さないとつながっていけないし……。

須藤 それって雑談、雑談力ですよ。

――雑談力を磨いていく秘訣はありますか? 

須藤 やっぱり、その人を好きになることと。興味を持つ事ですね。その人がどんな生活をしていて、どんなことを望んでサロンにお越しいただいたか? たくさんの疑問符が出てきて、初めてその人のことを知ろうと思うわけですから。
 「ゴールデンウイーク、どちらへ行きました?」とか、「いいところありました?」とか、そういうふうに雑談していくと、お客様は少しずつ心を開いてくださる。引き出すことが大事で、質問だけではダメなんでしょうね。

――質問と雑談は違う?

須藤 ええ。私たちの仕事は社員が多いので、どちらかというとマニュアルでサービスの均一化を図ろうとしますが、いまはもう通用しないこともたくさんありますね。

――マニュアルから一歩踏み出して、工夫するというか。これからは、そうした感覚をつかむことが大事なんですね。

須藤 雑談できる人が少ないと思うんです。「いらっしゃいませ」と45度頭を下げるのはマニュアル接客なんですが、お客様はもうそれを望んでいるわけではなくて、「笑顔でこんにちは!」と言った方が好まれるケースが多いのも事実です。接客のTPOがすごく変わってきているし、そのなかから友達に近いような、ギリギリのところまでの近づき方が問われていますよね。

――ああ、微妙な間合いが問われますね。

須藤 そうそう。若いスタッフになると多くの方々と接する機会が少ないので、そのあたりは弱いのかなと思って見ています。

「ストレスにどう適応できるか」で人生は違ってきますね。

――須藤さんの若い頃とは世相が変わりましたし、価値観も違いますよね。そのギャップをどう埋めておられるんですか? 

須藤 ギャップね……。まあ、友香さんと話していてもギャップを感じますからね(笑)。「ああ、自分とは全然違うんだな」って。でも、それって興味をあるかどうかだと思います。たとえば、私はテキーラを飲んだことがないですが、友香さんと出会って、「テキーラの専門のバーがある」と初めて知りました。
テキーラのバーがあると言うことは、そういうものを望む市場があるということですよね? そういうコアターゲットってまだまだいっぱいあるんだなと、私の場合、そこに結びつけてしまいます。

――テキーラそのものというより?

須藤 そう、コアなものを好む人たちに驚くというか、もっとコアになるビジネスってたくさんあるんだろうなって、そういう聞き方をするわけです。

――興味の持ち方ということなんでしょうね。

須藤 だから、もちろんギャップは感じるんですが、それはどんな世代でもあるだろうし、そこはあまり意識はしません。一人一人価値観も全然違うし、いまこういったコロナの状況下で、もっと違うことが起きているでしょう? いままでいいと思ってきたことに疑問を持つことも、すごくあるわけです。

――このコロナの状況のなかで、世の中はすごく変わりましたよね。

須藤 人間社会ってストレスの社会で、毎日いろいろな事件が起きていますよね。それって、そうなってしまうような構造が社会や家族のなかにあるだろうし、適応できるかどうかで人生が違ってきますよね。柔軟力がないと難しいでしょうね。 

――同じ環境に置かれても、そういう感覚があるかどうかで進む道が分かれてしまうところがありますね。

須藤 ええ。まわりにどのような方がいるかにもよりますね。まず家庭だったり、両親だったり……環境もあるだろうなと思います。接客サービス業にしても、本当に難しくなってきたのを感じます。

――先ほど話されていましたが、サロンに来られたお客様がホッと安心して、心が開ける、そういう場が求められているわけですよね。

須藤 たとえば、腸内環境整えるというと、腸にいい食べ物とかサプリメントとかいろいろとあるじゃないですか。そういうもので体を整えていけたとしても、心のバランスをコントロールするのは難しいと思います。旅に出て気分転換したり、切り替えができる人ならいいと思いますが、自分自身の心の強さだったり、サプリだけではどうにもならないですよね。

――実際、食べ物やサプリに含まれる成分だけが体に作用するのではないように思います。たとえば、紹介した方への信頼とか安心とか、摂取する時のシチュエーションだとか、そうした成分以外のつながりも大事だなと思うんです。

須藤 きっと、誰かにポンと背中を押してほしいんでしょうね。自分では踏み出せなくても大丈夫という。

――メンタル面で悩んでいる人には、須藤さんのお話がすごく響くように思います。

須藤 そうですか? 私にお手伝いできることがあるんだろうかと思ってしまいますが。

友香 須藤さんのお話って、本に書かれていることもそうですが、セルフメンテナンスの大事な一部のように感じるんです。セルフメンテナンスは、体を整えるだけでなく、意識や行動を変容させることも大事だとお伝えしているので……。

須藤 考え方は大事ですよね。ネガティブなのか、ポジティブなのか、あるいは、目標を持っているかどうかということも。私の場合、自分が経験したことしか言えませんが、お役に立てたらと思っています。

仕事が大好きで、朝になるのが待ち遠しかったですね。

友香 須藤さんの生き方って、憧れる人が多いと思うんです。いまでこそ女性って社会で活躍できるようになってきましたが……。

須藤 ただね、美容の業界はもともと女性が中心だったんです。美容室の先生ってみんな女性だし、長生きだし、芝山みよかさん、メイ牛山さんをはじめ……有名な先生は、百歳前後まで元気にお仕事をしていましたから。

――どの方もパイオニア的な存在ですね。

須藤 ええ。戦前からずっと、家族のため、家庭のため、生活のために仕事をしてきた人たちですが、営業的センスがあったり、山野愛子さんのようにご主人が経営に入ってきたり……、そこに「○○先生」というブランドをつくりあげていくプロセスが加わることで、美容業界は成長してきたと思っております。

――なるほど。最初は男性のほうが少なかったんですね。

須藤 私がソシエに入った頃から男性が美容に入ってくるようになり、男性は理容師、女性は美容師という垣根が取れていきました。その一番のいい例が、ヴィダル・サスーンですよ。ヴィダル・サスーンがイギリスで「サスーンカット」を生み出し、カットでスタイリングをしていく画期的なスタイルをつくったことから、美容業界が大きく変革しました。

――どのあたりが画期的だったんでしょうか?

須藤 それまではパーマとかブローとかでスタイリングしていたわけですが、だんだん世の中が豊かになり、女性が社会に進出するようになってくると、忙しくて朝から髪を巻いていられないでしょう? カットして洗うだけでスタイルが整うヴィダル・サスーンが、そこにマッチングしたんですね。
 そこから日本の美容業界もすごく変わっていったし、男性が美容業界に入っていく突破口になっていったんです。

――そういう時代背景があったんですね。

須藤 ただ、日本の美容業界もヘアの業界もどんどん男性崇拝型になってきて、男性のスタイリストがもてはやされるようになりましたが、それから50年以上経って、かつて先生と呼ばれた人たちはいま少なくなりました。
 なぜかというと……、きっと本物じゃなかったんでしょうね。ロンドンに行ったり、ニューヨークに行ったり……美容師は勉強が好きですから、テクニック的なものはしっかり学んできたと思うんですが、そのなかで仕事に対する目標、将来的な計画をどこまで持っていたか? 自分が60歳、70歳になったらどうなっているのか? 心が整っていない経営者がすごく多かったと思うんですね。

――エネルギッシュに活動はしていても、将来のビジョンがなかった?

須藤 美容師はみんな見栄っ張りだから、フェラーリやポルシェに乗ったりね。それがカッコいいものだと思っていたわけですね。そうした美容師の先生は、インターンを月給7万円とか8万円で採用します。「おまえたちも経営者になればこういう生活できるんだ」という言い分だったと思うのですが、結果的に、技術を盗まれて、数年後には独立してやめてします。だから、組織がつくれない……私はずっとおかしい、おかしいと言ってきのですが、そこが美容業界における男性経営者の問題だったんでしょうね。

――ベースにある発想とか考え方が合ってなかった。

須藤 本当にいい時代に活躍してきた方がたくさんいましたが、いまほとんど残っていないでしょう? やっぱり、経営型の美容師が必要だなと思いますね。経営と技術、経営者とアーチストを別にしてきた……。

友香 一緒にはできないですよね。

須藤 ええ。いまのブランドとも似ていると思いますよ。KENZOにしても、KANSAI YAMAMOTOにしても……、経営とデザインは一緒にできない。成功している人はすごく少ないですよね。 

友香 私も「yucasii tokyo」のほうは経営できないですもん(笑)。デザイナーになったら損得なんて関係なく、もっといいものをつくりたいと思いますから。

須藤 美容師もそうなの。たとえば、ニューオータニを借り切ったりして、すごく派手なパーティーをやるわけですね。ソシエの時には大きな取り引きがあったのでよく招待されて行きましたけれど、(そうした光景を見ながら)「この人たち20年後、30年後に残っているだろうか?」って思っていました。

――引いた目で見ていたんですね。

須藤 ええ。意外と冷静な目で見ていましたね(笑)。たしかに技術はあるのだと思いますが、美容業界の脆弱さを感じましたよね。

――須藤さんは、技術から経営のほうへシフトされていますが、そのあたりをずっと感じてきた部分があったんでしょうか?

須藤 いえ、私は技術がへたでしたから(笑)。ただ、創業者はもともと米軍で働いていたこともあって、日本の古いやり方に縛られず、どちらかというとアメリカの影響を受けた働き方をさせる人でした。
 私が技術者でやってきた時、人を指導し、育成することに向いていると、私の良いところを引き出してくれました。それで、「あなたはマネージメントのほうに行きなさい」と言われて、いまがあると思います。

――導いてもらえて、そこで力が発揮できたんですね。

須藤 この仕事が好きでしたしね。売り上げが上がっていったりとか、そのなかで新しい人が入ってきて育ったり、それをそばで見ていて苦にもならなかったので、好きだったんですね、もともとそういうことが。

――目に見えて状況が動いて、変化して、良くなって。

須藤 そうそう。お店もどんどん出すじゃないですか。そうすると、自分がいままでやったことのない仕事も出てきますよね。デベロッパーとの交渉だったり、店舗の内装だったり、仕事の幅がすごく広がってくる。私はそういうところに興味があって、苦痛とは思わなかつたです。むしろ、いろいろなことをさせてもらえて、仕事のスキルが上がっていくことがすごく面白かったです。

――負担が多くなりすぎて、ネガティブに思うことはなかったんでしょうか?

須藤 いえ、全然。とにかく仕事が楽しくて、馬鹿じゃないのって思われるかもしれませんが、朝になるのが待ち遠しいというか(笑)。早く朝にならないかなという気持ちで、ずっと仕事をしてきました。
 本当に朝8時から夜の12時くらいまで毎日働いていましたから、当時は自分の家でご飯を食べることなんてほとんどなかったですね。それが苦だと思っていたら、とても続けられなかったと思いますよ。

(後編はこちら

須藤政子 Masako Sudo
1973年、株式会社ソシエ・ワールドの前身、株式会社髙橋商事の理容室に入社。1981年、第一号店「ソシエdeエステ銀座ワールド店」店長に就任。以後、営業部長、エステティック事業部担当常務取締役、専務取締役、代表取締役専務を経て、2007年、株式会社ソシエ・ワールド代表取締役社長に就任。2016年、株式会社ソシエ・ワールド代表取締役社長を退任、株式会社TESIOインターナショナル(テシオ)を創業。「美を通して社会に貢献する」を社是にに、エステティシャンの国際ライセンスの取得講座やコンサルタントなど幅広く活動。(公財)日本エステティック研究財団理事。認定NPO法人 日本エステティック機構理事。(一社)人日本エステティック試験センター評議員。http://tesiobeauty.com/