「下水処理システムは、人体における『腸』そのもの。人も社会も循環によって健康が保たれているんですね」(加藤裕之インタビュー)

環境にやさしい、持続可能な社会の実現が求められる昨今、下水道資源の有効活用に徐々に注目が集まっています。

国土交通省で長く下水道政策に関わってきた東京大学の加藤裕之さん(下水道システムイノベーション研究室特任准教授)は、この分野の第一人者として、「ビストロ下水道」などのプロジェクトを立ち上げ、下水道資源の農業利用などを広く世間に向けて発信しています。

今回は、こうしたイノベーションを行政レベルで実現させた佐賀市の取り組みを紹介しながら、加藤さんにこれからの時代の食と農、健康のあり方、微生物との共生などについて語っていただきました(長沼敬憲)。

循環型の下水処理システムは、「昔に帰る未来型」

加藤 下水道システムは、熱帯魚を水槽で飼っているようなものなんです。熱帯魚を飼う場合、熱帯魚を入れて、酸素を与えて、水温を一定に保って、エサを与えますよね。下水道システムも一緒で、微生物を飼って、エサとなる汚れが入ってきて、それを微生物に食べさせる。体を元気にするには酸素も必要ですから、まず酸素を摂ってからエサを食べる。もちろん、快適な温度に調整することも必要ですね。下水道システムというのは、熱帯魚を飼うこととアナロジーとしては一緒なんです。

――熱帯魚でいう水槽にあたるところに微生物を入れるのですか

加藤 最初は、細菌などの微生物が集まった活性汚泥を借りてきて飼い始めるんです。それが繁殖するわけですね。

――微生物の力だけで下水の分解が進んで、臭いなどがなくなっていく?

加藤 基本的には、汚れを水とCo2(二酸化炭素)に分解するというのがひとつの原理です。ただ、ある程度の臭いは出てしまいます。下水処理場を作ると近隣の方は心配されるので、脱臭装備をつけたりして臭いが出ないようにしています。

――水と汚泥に分かれて、それぞれ捨てられると思うのですが、どちらも海に流されるのでしょうか?

加藤 水は川や海に放流します。汚泥は、数十年前までは焼いて埋め立てるのが普通でしたが、埋め立てる場所がなくなってきたこともあり、その後は焼いたり溶かしたりして、道路の舗装材やセメントを作る原料などの建設資材に活用されています。
現在では、下水汚泥の8割くらいがリサイクルされているのですが、用途はセメントなどの建設資材に偏っています。下水汚泥には無機分と有機分があるのですが、セメントには無機分を使っていて、逆に有機分は使われずに焼いて終わっていました。
最近では、低炭素政策として、その有機分をメタン発酵させ、発生したメタンガスを発電に利用したり、微生物に分解させて肥料にしたりしています。有機分の利用は日本全体の下水汚泥の30%弱で、残りの70%以上はまったく使われていません。

――エコロジー(生態系)との調和を考えると、江戸時代が循環型としては完成度が高いと言われています。明治以降、化学肥料が普及したり、社会インフラが整っていく過程でこの循環が途絶え、いまではトイレも水洗が当たり前になってしまいました。
衛生的で、便利になったわけですし、下水のところで循環が分断されてしまうのは仕方がないと思っていましたが、現代のテクノロジーで、一部は肥料に還元されているんですね。形を変えて古き時代の循環型農業が甦りつつあるのかと思い、驚かされました。この分野には、まだまだ可能性がありますね。

加藤 (地域ぐるみで下水の資源循環を推進し、世界的にも珍しいバイオマス産業都市を実現させている)佐賀市が、「昔に帰る未来型」という上手いキャッチフレーズを使っていました。まさに昔に帰る、でも、テクノロジーは未来型ということです。これはいいコンセプトだなと思いました。

バイオマス産業都市さが(佐賀市)の活動の全容

大事なのは「バトンの渡し方」

――現代人は、食生活が大きく変わりましたから、江戸時代の人と比べて腸内環境も相当乱れていると思うんです。だから、昔のように便を堆肥として畑に使うことは難しいだろうというイメージがあったのですが……きちんと発酵によって無害化させ、有益な肥料に変えているんですよね。

加藤 はい。市販の肥料と違って、微生物の力を利用していますから、非常に良い土になるようです。化学肥料に依存すると連作障害が起こりますが、下水汚泥の肥料では起こらず、フカフカの土になると言われていますね。

――好気性微生物と嫌気性微生物とありますが、下水処理にはどちらの微生物を使っているんですか? ヨーグルトなどに含まれる乳酸菌は、(空気を好まない)嫌気性発酵を行っていますが……。

加藤 肥料の場合、両方ありますが、どちらかというと取り扱いが容易な好気性微生物が主体なんです。落ち葉や糞尿をコンポスト(堆肥)にするのは好気性微生物で、これをエネルギーにするのはどちらかというと嫌気性微生物です。

――下水処理施設では、その部分をどのように分けているのですか?

加藤 下水をきれいにして、汚泥からエネルギー、さらに肥料をつくる場合は、まず、下水を貯めた池に酸素をブクブク与えます。すると、微生物は人間と同じように下水中の有機物を食べて酸素を使って自分のエネルギーに変えます。そのエネルギーでさらに有機物を栄養源として吸収して細胞を合成して体を作ります。これが水中の好気性微生物の活動です。
そのあとは沈んだ有機物や死んだ微生物の塊で出来た汚泥を、今度は酸素のないタンク内でじっくりと発酵させてバイオガスを発生させるのが嫌気性微生物です。このガスで発電ができます。さらに肥料にする場合は、残った汚泥を好気性微生物によってコンポストに変えています。

――プロセスが3段階ほどあるのですね。

加藤 そうですね。微生物のリレーのような感じです。

――佐賀市はこの微生物のリレーを下水処理に導入させているわけですね。その技術はもともとどこからきたものですか?

加藤 コンポスト技術そのものは昔からありました。ただ、せっかく作った肥料が山積みになるなど、うまく循環していなかったのです。

――自治体レベルで導入しているところはあったんですか?

加藤 沖縄や北海道などやっているところはありましたが、下水道管理者が「渡して終わり」のような感じで終わってしまっていたんですね。

――リレーになっていなかった?

加藤 なっていなかったですね。農家さんも、もらったのはいいものの「どうやって使うの?」みたいな感じになってしまったんです。佐賀市では、(こうした問題を解決させるために)下水処理管理者が農家に向けて勉強会を開いて情報共有をして、下水汚泥の使い方まで指導するようになりました。そして、農家の意見を聞いて肥料の改良も行ってきました。よく「バトンの渡し方」と言うのですが、次に使う人のことまで考えて渡す、ということをやったのです。

――(佐賀市の上下水道局で環境政策調整監を長く務められた)前田純二さんがリーダーシップをとって、初期段階から携わってこられたんですよね。

加藤 そうですね。前田さんは下水汚泥の処理をやりたかったという以前に、地域住民の健康を育むというコンセプトに持っている方なんですね。佐賀市の環境NPOの代表もやられていて、「体にいいものを食べるにはなるべく化学肥料を使わないほうがいい」という思いがまずあって……、もともと人間の体にあったもの、つまり、体から出たものを使い、微生物の力でつくったほうが、健康的で、栄養価の高いものができるのではないか、というところから活動をスタートしたんです。実際、下水汚泥肥料でできたアスパラなどを調べてみると、栄養価が格段に高いことがわかっています。

――ちゃんと検証されて、データを出しているところがスゴイですね。

加藤 いまでは「じゅんかん育ち」とネーミングされ、その野菜を使うレストランなども出てきたりしています。「じゅんかん育ち」の下水肥料を使って作物を育てる人たちが全国で増えてきていますし、視察に訪れる自治体なども多いですね。

前田純二さん

下水処理施設は「腸」の働きを担っている

――こうした佐賀市の取り組みは、本格化して何年ほど経ちますか?

加藤 もう15年ほどですね。

――その15年ほどで現在のような広範囲に及んでいったんですね。

加藤 最初の頃は「早く焼いてしまって埋め立てたほうがいい」という意見もあったようですが、前田さんはその頃から生態系を含めた地域循環と健康を意識して、地域の人に美味しくて安全なものを届けたいと考えていたようです。
下水汚泥肥料はなによりもコストが安く、化学肥料の10分の1ほどで済みますから、農家にとっては低コストで、収穫量も多く、栄養価も高い作物がつくれるということで、経済的な循環としても良いものになっています。自治体も、低コストで下水汚泥を再利用できるWin-Winの関係が構築されているから持続するのです。

――実例がどんどんと出ているところもすごいですね。お話を聞いていて、人が体の中でやっていることを外の世界(社会)に転写させているような……、そう、下水処理施設が社会にとっての腸にあたる感じがしました。腸内の発酵現象が下水処理施設の中でも起きていて、ミクロのものがマクロでも展開されているという。

加藤 確かにそうですね。面白いとらえ方だと思います。

――実際、腸が健康に働いていないと、エネルギー代謝が滞り、人間の体も循環しないといわれています。社会を人体にたとえた場合も、本来、行政システムの中の下水処理施設が、腸内環境を整えるような役割を果たす必要があるんでしょうね。体の中でやりきれないものを下水処理施設にやってもらい、(大きな生態系のなかで)還元している感じがします。

加藤 下水処理施設にはすべてが入ってきますから、確かにそうかもしれないですね。こうしたシステムが、佐賀市もそうですが、北海道の岩見沢や山形の鶴岡、秋田県、滋賀県などで、いま少しずつ展開されはじめています。地方都市が頑張っていますね。

――加藤先生が関わっている「ビストロ下水道」は……。

加藤 はい。こうした下水道資源の農業利用などをもっと広く伝えていきたいという思いで立ち上がったプロジェクトです。2013年、国土交通省と日本下水道協会の主導で、下水道資源の有効活用に取り組む地方公共団体などを一つにつなぎ、活動を広めていく推進戦略チームとして結成されました。私は、国交省は退職しましたがライフワークとしてその組織の活動の支援をつづけていくつもりです。

――こうした下水道ネットワークの先進地、成功事例が佐賀市であったわけですね。佐賀市の人口はどれくらいですか?

加藤 15万人くらいですね。

――15万人の規模でそれが実現できるのは、改めてすごいなと思います。

加藤 なかなかあそこまではできない、と思えるような取り組みですからね。最初は反対されますし、「こんなもので本当に美味しいものが出来るの? 大丈夫なの?」って農家の方々も懐疑的なんですよ。私は、イノベーションが普及していく過程も興味を持って見てきましたが、最初に誰と組むかがすごく大事で、そうした活動に共感して参加してくれる人って環境意識が高い人なんですね。
そういう農家と組んで試験的に実践し、その成果を農作物という結果で見せる。それがだんだんと口コミで広がっていって、懐疑的だった人たちも最終的には仲間に入ってくるというのが一つの流れで、佐賀市はそれを実際にやってきたわけです。懐疑的だった人の環境意識も高まり、結果的に地域社会のイノベーションになるのです。

下水道由来肥料によるアスパラガスのアミノ酸含有量の変化(佐賀市)
下水道由来の肥料の農業利用(佐賀市)

経営理論と腸内細菌研究が融合?

――腸内細菌研究のパイオニアである光岡知足先生が、(人の健康に寄与する)「善玉菌」は全体の2割くらいだ、と話されています。食生活を見直すなどして、乳酸菌などの善玉菌が腸内で活性化すると、その他大勢の「日和見菌」が同調しはじめて、腸内環境が変わっていく傾向があるんですが、「これは人間の社会にも当てはまることなんですよ」と、つねにおっしゃっていました。

加藤 そうかもしれませんね。光岡先生のインタビューを拝読しましたが、非常に面白いです。よくハチの世界でも、優秀なハチは2割で残りは働かないといいますが、菌の世界もおそらくそうなんでしょうね。

――人間の社会に当てはめた場合、たとえば10人の組織で何かを始めようと思ったら、全体の2割ですから、1人が味方につくだけでも変わってくることになります。自分ひとりだけだと、小さい組織でも動かないし、誰も協力してくれないですが、一歩踏み出して最初のひとりが同調してくれると、他の日和見的な人たちも変化を感じ、何となく協力してくれる流れになっていくと思うんですね。

加藤 その場合、日和見菌が、善玉菌の役割をしはじめるということなんでしょうか?

――腸に関していうと、日和見菌は日和見菌のままで、善玉菌のように積極的に健康に寄与したりすることはないようです。ただ、悪玉菌と同調しなくなるため、結果として腐敗が抑えられ、善玉菌が働きやすい環境になると考えられています。

加藤 そもそも、光岡先生との出会いは?

――本をつくったのがきっかけです。これまで4冊つくってきましたが、その10年ほどの間にいろいろと学ばせていただきました。

加藤 私は会ったことはないのですが、(国交相の)役人をやっていた時、マーケティング理論や経営理論など、組織論を教えている方と出会ったんです。(先ほど話した)「最初に誰と組むかが大事で、そこからだんだん広がっていく」という話も、イノベーター理論といって、その方に教わったんです。じつはその方のところに光岡先生がよく来られていて、若い頃から一緒に議論をしていたと聞いています。

――それは初めて知りました。

加藤 いまお話し聞いていて、光岡先生は生物学から、私の知っている先生は経営学から議論を交わしていたのかなと推測しました。

――面白いですね。腸の研究は、最初は汚いイメージが強くて、大学の研究室でもあまり人気がなかったと聞いています。ちょっと変わった人たちが研究の道に進んで、日陰で頑張ってこられた分野だという印象です。

加藤 わかりますね。ある大学の方とお話しする機会があって福岡に行ったのですが、その方は持続可能な社会をテーマにしていて、「微生物で不要なものを分解するとか、化石燃料を使わずにエネルギーを生み出すといった話は100年先を考えた時に大事だよ」、ということを聞きました。これも重なる話かなと思いますね。

――微生物というのは、38億年におよぶ生物の進化の歴史のなかでいちばん古い時代の生き物なんですね。そうした生命の根源みたいな存在と共生し、どれだけ助けてもらえるかが持続可能な社会のキーなんだと思います。
これまでは、ちょっとケミカルな方向に行きすぎてきたところもあり、抗生物質に代表されるように、どちらかというと菌を殺して排除するやり方を選択してきましたよね。SDGsのような概念が浸透していくことで、「排除」から「共生」へ方向転換しようという認識がようやく広がってきたのかなと思います。

加藤 このままでは危ないっていう話がわかってきたということかもしれませんね。

――排除しようとしてもしきれるものではない。新型コロナウイルスにしても「ゼロ・コロナ」は論理的にも不可能です(笑)。病原性のある菌やウイルスであっても、共生することで免疫が強化され、耐性がつくことも知る必要があると思います。

光岡知足先生(→インタビューはこちら

体内の働きは組織論と重なり合う

加藤 長沼さんが腸に興味を持たれるようになったのはなぜですか? この前佐賀に行った時も、みんなで「変わった人だよね~」って言っていたんですよ(笑)。腸や腸内細菌のことにそこまで入れ込むかな~って。

――腸をテーマにした本をつくる機会が多かったのが、まずあるのかなと思います。光岡先生との出会いもそうですし。

加藤 誰でも腸のことを気にしてはいますよね。

――よく腸は小宇宙だと言われます。ひとつの生態系だということなんですけれども、細胞の中もミクロな生態系で、そうした小宇宙の集合体として腸があり、体があるという感じで、ミクロからマクロまで、すべてリンクしているんですね。
だから、腸も大事ですし、実際、腸活が大好きな人もいますよね? あるいは、発酵食品が好き、味噌を作るのが好き、みたいな。その分野では僕よりも詳しい人はたくさんいると思いますが、そうした人でも腸と社会を重ね合わせ、腸の排泄と下水処理をつなげられるかというと、すぐにはピンとこないかもしれません。

加藤 たしかにそうかもしれませんね。でも、とてもわかりやすい説明になりそうです。
なんか、私もワクワクしてきました。

――最近では、デトックスという言葉が使われるようになりましたが、腸だけではなく、体の細胞レベルでもデトックスは起こっていますし、社会も含めて、すべてが出すことと入れることの循環で成り立っていて、この循環が上手くいかない時に体調が不安定になったり、病気にかかってしまったりするわけです。
社会と重ね合わせた場合、環境汚染にあたりますが、ロジックは同じですよね? 体のウチもソトも、どう循環させるかだと思うんですね。

加藤 なるほど。口から腸、肛門まで、1本の筒ようになっていると聞きますね。

――脊椎動物というのは、脳が生じる前段階で腸ができているんですね。消化管から始まって、神経系は後から発達していって、その先が大きくなって脳ができた。生き物は神経系と消化管系が連動して、動いたり食べたり、排泄したりできる。そこに喜びを感じることができるんですね。
長い歳月のなかで進化はしているんですが、原点は一緒なんですね。

加藤 そうやって考えると、やっぱり腸って大事ですね。正直、あまり自分の腸のことを考えたことなかったな(笑)。

――腸って体の中に収まっていますが、消化管の内側はじつはまだ体の外なんですね。体内に取り込まれた食べ物は、分解され、吸収されることで、血液を介して全身の細胞に運ばれていく。この過程で、必要なものを取り入れ、いらないものを排除する働きを白血球などの免疫細胞が担っているわけです。
こうした免疫の働きはファジーな面が多く、たとえば同じ菌であっても、乳酸菌などは免疫が反応するのに、攻撃はされません。それが病原菌だと攻撃対象になるんです。その微妙な判断を免疫細胞(白血球)が司っています。

加藤 組織論と近いですね。

――人の評価も難しいですよね。思ったより働かないとか、思った以上にやってくれたとか、予測できないグレーゾーンがあるので間違いも摩擦も起こります。それと同様、体も日々選択しながら微妙なバランスをとっているんですね。生きているということは、このバランスが取れている状態だと思うんです。

地域コミュニティが主役になる時代

加藤 毎日何を食べればいいですかね? すぐそういう下世話な話になってしまうのですが、テレビなどで何かが良いとなると、スーパーからすぐになくなりますよね(笑)。話を聞いていると、肉はあまり良くないのかなと感じましたが。

――肉はタンパク質ですが、免疫からみると異物なんですね。でも、異物の中で必要なものは体の材料にしなければいけないという難しさがありますね。つまり、要らないわけではないので、上手に摂らなければいけないんです。

加藤 なるほど。私がきらいな野菜や果物はどうなんでしょう?

――肉が動物であるならば、野菜や果物は植物ですよね。植物は菌のエサになるので、微生物の活用という意味では植物、具体的には炭水化物を上手に摂ることが大事だと思います。糖質と食物繊維を合わせて炭水化物と言うんですが、いまは精製した砂糖とか小麦など、糖質ばかり摂る傾向にあります。
食物繊維は大腸で菌のエサになるので、菌たちと食を分かち合うにはあまり精製していない、自然に近いものを摂ったほうが共生はしやすいですよね。ケーキとか甘い物ばかり摂ると、自分のエサにはなるけど、菌のエサにはならない(笑)。

加藤 そういう発想なんですね。ただ空腹を満たすだけでなく、菌にエサを与えてあげようという考え方がいいんですね。今日から野菜をもっと食べるようにします(笑)。

――はい。腸内細菌のバランスがある程度整っていれば、動物性のタンパク質を摂っても影響は出ませんが、腐敗をうながす悪玉菌が優位だと、肉を食べた際に腸内腐敗が起こって、便が臭くなったりするんですね。このあたりが「肉の摂りすぎは体に良くない」ということの理由なのかと思います。肉が悪いというより、腸内環境が悪い……下水でいうと処理ができていないということですね。

加藤 本当に腸と下水道システムは似ていますね。

――逆に、僕はその点を見落としていたと言いますか、社会システムで下水道に腸の役割を担わせるのは無理なんじゃないかなと思い込んでいました。でも、社会の環境を浄化、循環させるのと、体の中を浄化、循環させるのは一緒なんですよね。
佐賀市の前田さんの理想は、社会の好循環の中で体の循環も良くして、その地域の人の心身を健康にする、ということですよね。そう考えると、やはり体の内側も外側も、どちらも循環が大事なんだと感じますね。

加藤 これからは地域コミュニティが主役の時代になると思うんですが、その面でもそうした取り組みは大事ですよね。地産地消のような考え方もつながりますし、そこでお金を回っていく仕組みというのが理想的だと思います。

――地産地消のような理念が出た時、たしかに共感しましたけれど、ただ地のものを生産すればいいわけではなく、人の過剰な活動の終着点として、ゴミなど廃棄物の部分をどうクリアすればいいかという課題もありますよね。
腸でいうとデトックスがきちんとできていないと、良い栄養ばかり摂っても、循環は滞ります。腸を整える点では、出すほうも大事だと言っています。

加藤 入れることだけでなく、出すことも大事と。さらには、出すところ、つまり出口からさかのぼって考えるのが大事ということですね。

――はい、栄養学では「体に必要な栄養を入れる」という足し算の発想しかなかったんですが、ここに「いかに出すか」という引き算が加わることで、実践の面でバランスが取れてくるように思います。ただ、出すのは意外と大変で、便秘もそうですが、老廃物などいろいろとたまっているので、整えていく必要がありますね。
今回の加藤先生のお話で、社会も出すところを整えることが大変なんだなと思いました。一人一人が生産活動を充実させることはできても、その過程で生じるゴミや屎尿の処理は行政としての課題になりますよね。

加藤 そうですね。たしかに行政の仕事なんですが、それをちゃんとループさせていくには市民の協力、一体感がないとできないと思います。

――なるほど。善玉菌が活性化するというか、環境の循環に目覚めた人たちが社会を動かし、行政の取り組みを後押しすることになるわけですね。まさに地域コミュニティから、世の中が変わっていく可能性があると。

加藤 その意味でも、善玉菌と日和見菌の話はすごくわかりやすいですね。

微生物と人、食べ物の関係を取り戻す

――腸内には100兆個ほどの菌が棲息しているんですが、有害な悪玉菌が優位になっているなどして、有用な働きをする善玉菌が不活性だったり、働きづらい状態になっているということがあるように思います。善玉菌が優位に働くようにそのあたりがコントロールできれば、腸内環境も整いやすいと思うんです。

加藤 不活性な善玉菌を活性させるにはどうすればいいですか?

――まず菌のエサが必要ですね。赤ちゃんでいえば母乳、つまり糖ですね。ただ、砂糖や小麦は小腸で吸収されてしまうので、大腸まで消化されずに届く食物繊維やオリゴ糖をどう摂取するかが大事だと思います。未精製の穀類をメインに、果物や海藻などもいいですね。日本の昔の食事がヘルシーであると国際的に評価されているのも、一つには腸と相性の良い食材が多いからでしょうね。

加藤 味噌汁が体にいいと言われていますが……。

――味噌も乳酸発酵しているんです。発酵によって大豆も良質なタンパク源になりますね。

加藤 それは、どこの味噌でもいいんですか?

――やはり発酵が大事です。いまは3ヵ月くらいで製造しているものが多いので、発酵レベルがちょっと低いかもしれません。8ヶ月とか、1年とか、なるべく発酵期間が長いもののほうがいいと思いますね。

加藤 発酵という点では、漬け物やキムチも良いということですよね?

――そうですね。自分で作ったぬか漬けなど、添加物があまり入っていないほうが腸との相性はよりいいかなと思います。ご飯、味噌汁、漬け物、納豆などをベースにして、プラスアルファで動物性タンパク質が摂れれば、という感じですね。

加藤 すごく面白い話ですね。(食べ物と腸の関係を知ることで)下水道システムの話をする際の幅が広がった感じがします。

――僕のほうからすれば、社会インフラとして、下水道の役割は本当に大事なんだなと感じています。体の知恵をそのまま再現した巨大システムであり、社会の何十万人という人たちが健全に暮らせる環境をつくっているわけですから。

加藤 佐賀は、有明海苔の産地として有名ですよね。前田さんは、有明海苔も農業利用もつながっていると話されていて、実際に窒素などの栄養を豊富に含んだ処理水を有明海に放流することで、海苔養殖にも役立てていますね。

――農産物にも、海産物にも、文字通り循環させているんですね。

加藤 長沼さんは、これから何をされたいと思っているんですか?

――5年ほど各地を取材をして、『フードジャーニー』という本を書いたのですが、旅することを通して身体が整い、感覚が磨かれる……、非日常の空間に出ることが心身の健康にどう寄与するか? そのあたりのメカニズムを解いていきたいですね。
身体や環境のことを考えた場合、脱都会というか、東京を離れたほうが自己回復しやすいと思っていますが、いきなり引っ越すというより、いろいろな土地に触れ、身体感覚を磨いていくことがまず大事だと思うんです。

加藤 旅をすることで心身が蘇生する?

――はい。僕自身、日本のあちこちを取材し、その土地の人や歴史風土に接することで蘇生してきた実感があるので、そのプロセスを物語にすることで読者に旅することの意味を再確認してもらえたらと思っています。
たとえば、佐賀市を従来型の観光の視点だけで切り取るとちょっと地味に映るかもしれませんが……(笑)、今回のような取り組みを伺い、実際に現地の風土に触れていくと、まったく違った価値を帯びてくると思うんですね。

加藤 よくヒストリー(history)とストーリー(story)は同じだという人がいますが、地域の人たちのストーリーがそのままヒストリーにつながっていきますね。この先、ツアーなどもやろうとしているんですか?

――はい。セルフメンテナンス協会の会員の皆さんとコミュニティをつくっているのですが、日常で体のことを整えることばかりやっていても、それだけだと閉塞してしまうと思うんですね。やはり、非日常に体を運んでいく旅が必要だなと感じます。

加藤 なるほど。今度はツアーでご一緒したいですね。

――はい、佐賀市も繰り返し訪ねたいですし、加藤先生とご縁をつないでくれた北海道の岩見沢なども取材できたらと思っています。もちろん、古い時代の神社仏閣などをめぐるスピリチュアルツアーも楽しそうですね。

加藤 はい、私はスピリチュアルも大好きですから、ぜひ(笑)。

加藤裕之 Hiroyuki Kato
東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻・下水道システムイノベーション研究室特任准教授。ミス日本「水の天使」命名者。1958年、横浜生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修了後、建設省(現・国土交通省)下水道部に入省。以後、国土交通省、地方公共団体などで下水道政策や水環境の仕事に従事する傍ら、東日本大震災の現地支援リーダー、国際水ビジネス、ビストロ下水道など多様な新プロジェクトの立ち上げに関わる。2020年より現職。著書に『フランスの上下水道経営』 (代表執筆者)、『新しい上下水道・再構築と産業化』 (共著)、『3.11 東日本大震災を乗り越えろ:「想定外」に挑んだ下水道人の記録』 (共著)、『水ビジネスを制するための標準化戦略』 (共著) 、『コンセプト下水道』などがある。https://www.envssil.t.u-tokyo.ac.jp/

★「ビストロ下水道」(日本下水道協会HPより) 
https://www.jswa.jp/recycle/bistro/
★「じゅんかん育ち」通信 
https://m.facebook.com/jyunkansodachi/

インタビューより(三浦半島・葉山にて)



佐賀市取材の一コマ(加藤先生と共に)。