「人生を楽しんで生きていくには、楽観的かつ引き算思考が必要だと思いますね」(藻谷浩介インタビュー①)

ベストセラーになった『里山資本主義』の著者で、地域エコノミストとして多方面で活躍を続ける藻谷浩介さん。

著書によって広く知られるようになった「里山」という空間的なキーワードと、「セルフメンテナンス」という身体的なキーワード、身体のウチとソトをつなげることで、これからの生き方のヒントが見えてくる……そんな「仮説」のもと、藻谷さんへのロングインタビューが実現しました。

次から次へと繰り出されるマシンガンのようなトークに圧倒されながら、人生を自分らしく、心地よく生きるために必要なこと、ヒトという生き物のあり方、食べること、旅することの意味と価値など、様々な話題が飛び出したインタビューを、2回にわたってお届けします。

今回はその前編。2021年5月、都内にて収録。(長沼敬憲)


セルフメンテナンスは「多神教」なんですね

--セルフメンテナンス協会では、自分自身のケアもそうですが、自分らしい人生、自分が楽しいと思う価値観を見極めて、自分がなりたいように生きていく……。そうした考え方の部分を大事にしています。

藻谷 一神教ではなく、多神教的にやってらっしゃるんですね。当たり前ですが、個人個人は違うと。(健康法などでも)一神教的なものもありますからね。

--はい。一つのメソッドを広めてもできない人がいますし、効果がない人もいる。いくらいい方法であっても限界があるので、いろいろなやり方があるという「多様性」をまず大事にしています。そのうえで、すべてに共通しているところを取り出し、共有することが必要だなと思いますね。

藻谷 多神教であっても、共通点があるということですか。

--僕は本をつくることを通し、医療、健康、食、生命科学など幅広い分野のスペシャリストと関わってきたこともあり、一つの分野、一つの考え方にとらわれず、個々を相対化してとらえることを意識してきたんです。

藻谷 私自身が、大学時代以来の花粉症を腸活で克服したので、腸が大事だという話は実感としてよくわかりますね。函館特産のガゴメ昆布を水に浸した「昆布水」を毎日飲むのが効くというので試したら、何十年越しの地獄の花粉症が緩和されて、薬がいらなくなったんです。
 要は昆布の粉末ですから、フコイダンですね。私の場合、フコイダンで花粉症が重症化しないという……「ホントかいな?」という話なんですが(笑)、すすめてくれた方に聞くと、いろいろな人にすすめたけれど効いたのは20人に1人もいない、すごく効いたのは俺とあなただけだと(笑)。まさに一神教ではないわけですね。

--効果があるものにはきっと共通した理由があると思いますが、何がキーになるかはその人によってかなり違うと感じます。

藻谷 そうですね。ただ、腸内環境が改善されたと言っても、お通じがすごくいいというわけではないんですよ。調子がいい時もあるんですが、定期的におかしくなる。そのあたりの理由はよくわからないのですが……。

--お話を聞く限り、花粉症が改善されたわけですから、フコイダンは小腸の免疫に何か作用しているんでしょうね。お通じに関しては、大腸の腸内細菌が関係していますが、こちらはまた別の話なので……。

藻谷 なるほど、フコイダンは小腸に作用するもので、大腸は関係ないんですね。

--小腸と大腸は連動していますから、関係があるとは思いますが、(大腸には)ダイレクトではないのかもしれません。

藻谷 長年の疑問が氷解しました。多神教でも、やはり共通のセオリーはあるということですね。

--身体の働きというのは複雑ですが、(すべてに共通する)法則的なものはあると思うんですね。その部分をみんなで学びながら、日常のメンテナンスに落とし込んでいくことが大事だと感じています。
 あとは、あまり真面目に頑張りすぎないというのもキーになりますね。


藻谷 まあ、好きな範囲でやるということですか。 

--はい、頑張らないとか、ゆるむとか、楽しいということを大事なテーマにしていて。自分の潜在能力を最大限に発揮して生きていければ、人生も楽しいですよね。最終的には、そのあたりを意識しています。

藻谷 私の言い方は、ちょっと違うかもしれませんが、「楽しく生きようと思えば、それに応じて潜在能力も発揮される」という、順番としてはそういう感じですね。生産能力はすべては発揮できないかもしれませんが……それはそれでいいでしょう。余力を残して楽しむくらいがいいのではないでしょうか。長期的に楽しいことを目指すのであれば。

--そこはすごく共感できます。

藻谷 日本人はどうも自分がまず楽しむことの優先順位が低すぎるので、いろいろなところで問題が起きていると思うんですね。あ、ここで楽しいというのは、他人にマウンティングするとかそういうことではなく、一人でも静かにでもできる楽しみですよ。美しい夕暮れを好きなものを飲みながら眺めて、静けさに浸るとか。


これまでよく死なずに生きてこられたなと

--藻谷さんは、セルフメンテナンスについてどう考えておられますか?

藻谷 自己評価としては、そんなにできてはいません。運動神経が悪くて、事故りやすいタイプなんですよ(笑)。ここ数年でも、右足首の靱帯を切っていますし、昨年秋には肋骨を2本折りました。大学時代に自転車を時速30キロ以上で飛ばしていて、前輪に服が絡んで前のめりに転倒し、右の額を路面に強打したんです。その時は、太い糸切歯が一本折れて衝撃を吸収し、骨折も脳損傷もなくて済みましたが、そういうことは何回かありまして。これまでよくいままで死んでないなあと思いますね。

--去年、肋骨を折ったんですか?

藻谷 はい、山登りをしたんですが、毎日1万歩は歩いているので「こんなの全然余裕だぜ」と同行者にマウンティングするようなことをしていたら、下り坂で滑って横腹に木の根が食い込んで。木刀で横から殴られたような衝撃があったので、これはやってしまったかもしれないと思ったら、案の定、折れていました。人生初めての骨折で、2本の端のほうにヒビが入っていました。

--激痛、ありますよね?

藻谷 ええ、痛かったです。咳をする時が特に痛かったので、花粉症でくしゃみをするシーズンだったら、地獄だったかもしれません。まあ、いまはフコイダンが効いているので大丈夫だとは思いますが……まあ、粗忽なんですね。

--いやいや。

藻谷 (髪の毛を指しながら)それから、遺伝だとは思いますが、56歳でもこめかみを除けば黒いでしょう? ただ、2年前から、本を書かなきゃいけないのが書けてないとか、原稿をネグったとか、精神的にいろいろ気に病むことがあって、蚊に刺されたような湿疹が蚊もいないのに、頭や手足に出るようになりました。これ、結構つらいですね。聖書に出てくるヨブみたいな……。

--ヨブですか(笑)。

藻谷 かくと血が出るだけですが、かゆいわけですよ。まあ、こういう類のことがこれからもいろいろ出るんだろうなと思いながら今日に至るわけですが……。

--ただ、そのあたりは外傷ですよね。内臓は強そうに感じますが……。

藻谷 太るんですよね。結婚して、30代の時に太りましてね。一緒に暮らしている妻はまったく変わらないのに……。で、いろいろなことをして14キロ痩せて、40代半ばに一度は標準体重の少し上くらいに戻ったんです。

--どうやって痩せられたんですか?

藻谷 もともと丼ものなんかは食べないのですが、外ではカレーも食べないことにし、弁当などで出てくる揚げ物の衣や白米も残すことで8〜9キロ痩せて。その後、シンガポールに赴任して、1年間、講演しなくてもよかったので暇ができまして、ひたすらジョギングするようになってさらに4~5キロ痩せました。当時の万歩計を見ると、歩いたのも合わせて1日平均で1万9000歩でしたね。

--すごい、2万歩近くも。

藻谷 私の場合、厄年(42歳)になったときに見事に体の性能が落ちたんですね。全然夜更かしができなくなって、45歳でぎっくり腰をして、どうしようかと思っていたら、(当時の)上司が外国に行ってこいと。
 このままでいたらこいつは死ぬ、と思ったんでしょうね。自分のことをよくわかって使っていた方だったので、最初はすごく腹が立ったんですが、一夜明けたら信用したほうがいいんじゃないかと思って。

--それでシンガポールに赴任したんですね。

藻谷 はい、1年行っている間に改心しまして、ジョギングを夜に1〜2時間するようになりました。最初は3キロくらいが限界でしたが、あっという間に10キロくらい走れるようになって、涼しくなった夜に地下鉄やバスで遠くに行って、また帰ってくることを続けていました。
 ですが、帰国後はゆっくりゆっくり体重が増えていき、靭帯切ってからジョギングする回数も減って……、それでも最低でも1日1万歩は歩いていますし、もともと朝食はきちんと食べて昼食はあまり食べず、夜8時以降にはあれこれ口にしない暮らしなのですが、それでも12年で4~5キロリバウンドしましたね。

--1万歩でもすごいですよ。

藻谷 私の場合、その程度の運動では太ってしまうんです。たまに10キロくらいジョギングしても、ぜんぜん痩せない。歩かなければさらに太りますが。

--半年に一回くらい、ファスティング(断食)をされたらどうでしょう? 

藻谷 ファスティングは、やってみたことがないんですよね。

--いま、セルフメンテナンスのメンバーと週末にプチ・ファスティングをやっているんですが、遺伝的に太りやすいタイプの方は、もっと長期のファスティングを年に1〜2回することをおすすめしています。

藻谷 どのくらいの日数をやればいいんですか?

--3日でもいいですが、5日、7日と、いろいろなバリエーションがありますね。どのくらい予定がつくれるかによりますが。

藻谷 予定ならつくれますよ。私自身は(健康のことに関して)研究したりしないんですが、いろいろな方が「こうしたほうがいいですよ」と教えてくれるので、ご縁があった時に試すようにしています。今日もファスティングのご縁があったので、私にとってプラスになるかもしれません。 


「現に効いているぞ」という感覚は大事ですね

--ファスティングに関しては、乳酸菌や酵母菌のサプリメントなど使って腸内環境を整えながら行っていくと効果が得られやすいと思います。

藻谷 そうなんですか。いろんなものがありますが、私は化学物質に関しては香料でもアミノ酸でも弱い体質で、「あまり効かなくてもいいから害がなさそうなもの」を選ぶようにしているんです(笑)。先ほどのガゴメ昆布も、ただの昆布の粉末で添加物も入っていないですし。ヨードの含有が多いので甲状腺だけ健康診断でチェックしていますが、問題がないので。

--はい、そのくらいの感覚で試されるのが一番かなと思います。

藻谷 あと、効くとも全然思ってなかったんですが、ある人からすすめられて水素水を試してみたところ、これが実感としては意外に効くんですよ。なぜ効くんですか? インチキ商売の典型かと思っていたんですが……(笑)。

--細胞内に水素分子(H2)が届いて、活性酸素(O2)と結びつくことで水(H2O)に変え、無害化してくれるからだとされていますね。

藻谷 そういうふうに言われていますが、なぜH2じゃなければならないのか? H(水素イオン)ではいけないのか? わざわざ取り込まなくても、(細胞内に)Hなんていくらでもありますよね?

--水素イオンは、細胞内のミトコンドリアがエネルギー産生をする過程でつくられていて、その余剰で活性酸素が生まれるわけです。この活性酸素を無害化するには、水素分子でないと水にならないので……。

藻谷 Hがフラフラしていてもダメなんですね。

--それはあまり関係ないようなんです。

藻谷 なるほど。(活性酸素を除くには)Hじゃなければダメなんだと。私は一応、化学は高校時代に最初から文系なのに理系クラスにいてⅡまでやっていたので、その程度の知識はあります(笑)。
 「そんなものは効かない」と言う科学者もいるのでしょうが、仮にプラシーボ効果であったとしても、現に効いているぞと、そういう自分自身の感覚は大事ですね。効いているのであれば。

--理論的な裏付けがわかっていなくても、結果を無視はできないですよね。ただ、水素は吸引のほうがいいかなと思います。細胞に水素分子を届けるという点では、一定時間、吸い込んだほうがスムーズですから。

藻谷 吸引なんですね。

--専用の吸引機を使って水素を取り込むと、いい意味での瞑想状態になれる感じがします。実際、脳波が変わるようですし、自律神経も安定するので、疲れが取れますし、かなりおすすめだと思いますね。


やりたいことをするには「引き算思考」が必要です

藻谷 自己管理という意味では、2001年から予定表をエクセルでつくりはじめたんです。(パソコンの画面を見せながら)15分刻みになっていて、毎朝の体重、歩数、キロカロリー数もつけています。……それから、ここに色がついているのはお酒を飲んだ日。薄いのは缶ビール1本まで、濃いのはそれ以上飲んだ日ですね(笑)。

--すごい。よくここまで……。アルコールはビールが基本なんですか?

藻谷 ビールはあまり飲みません。ワインもちょっと飲みますが、好きなのは日本酒で、ハードリカー(蒸留酒)はほとんど飲まないですね。なぜ飲まないのかというと、アルコールが自分の体に向いてないから。だいぶ慣れてきてアルコール分解能力は高くなってきたように思いますが、どうやらそこで生成されるアセトアルデヒトが分解できないんですね。ですから普通の人の適量まで飲むと、数時間後から体のあちこちがかゆくなって仕方ないし、翌朝は必ず頭痛になります。
 ただ、私は衣食住の中では唯一食だけが理解できる人間でして、酒を合わせた時につまみが美味しくなることについては非常によくわかります。

--マリアージュですね。

藻谷 まさにマリアージュ。アルコールを欲しているからではなくて、自分にとっては、料理との組み合わせが大事なんですね。だから、ある時、スーパードライは飲まないと決めたんです。自分が一生でアルコールを飲める総量は決まっているのに、それをあんなまずい酒でこれ以上無駄遣いしたくないと(笑)。基本的に、僕は「引き算思考」の人なので……。

--引き算思考?

藻谷 後ろ向きな人は日本人に多いと言えば多いのですが、(日本人と)違うのは、非常に楽観的かつ、引き算思考であるという点ですね。どうせだめだろうけど行けるところまで行ってやろうという、悲観的かつ足し算思考の人は多いですが……。
 たとえば、僕は浮気をしません。学生時代から女性とは深入りせず、結婚すると決めた人とようやく深入りしました。あちこちで異性関係をつくっておいてメンテするような、時間やエネルギーのキャパは人生にはないわけで、一人の人を大事にするほうがいいに決まっているじゃないですか。相手もそういう性格でしたし(笑)。

--ああ、それが引き算思考なんですね。お酒の場合も?

藻谷 厳密な引き算思考ではないので、つい美味しいからいっぱい飲むとか、しょっちゅう失敗しますが、できる範囲では逆算するようにしています。お酒に限らず、自分がやりたいことについては、「あることがやりたいから他のことをしない」という考え方が強いんですね。

--やりたいことを優先するための引き算思考であると。やりたいことを犠牲にしている人も多いように思いますが……。

藻谷 50歳くらいになった時、世界を旅行したいけれども体力も時間もあまり残っていないことに気づき、それが会社を辞める大きな動機になりました。通常、バリバリ仕事をしたいという思いもあるのかもしれませんが、私の場合は子どもの頃から、世界を見たいとは思っても、仕事をしたいなんてまったく思わなかったんです(笑)。

--まったくないんですか?

藻谷 優先順位が全然違うんですね。社会的に意義のあることは好きなので、頼まれたことは基本的には断らない(笑)。でも、定時出社しなければならない環境は抜け出して、好きな時にふらっと旅行ができる状況にしておきたいと思ったんです。それで、2012年にやめたんですね。 


他人がどう言っているかを気にせず、現地や現場で考える

--旅行したいと思われた動機は?

藻谷 (即答して)それはもう、生まれつきですね。記憶にはないのですが、幼稚園に入る前の3歳の頃、高校まで済んでいた山口県周南市(当時は徳山市)にあったデパートで行方不明になって、親が必死になって探したら、数百メートル歩いた先にある橋の上から小さな川を見降ろして嬉しそうにしていたというんですね(笑)。

--そのあたりが、旅へと誘う原体験でもあったんでしょうか?

藻谷 私は地理に根源的に興味があるのです。川だの水路だのがあれば、必ず覗き込みます。この水はどこから流れてきて、どこで海に出るのか? 日本であれば主要な水系は覚えてしまいましたが、海外でも川を見れば、いろいろと考えます。3歳の頃から何も変わっていません。
 川だけなく道路も、鉄道も同じです。どこから来てどこに行くのか。家があって人が暮らしていれば、何をして何を食べているのか、生活範囲はどのあたりまでなのか、などと考えます。

--これまで海外114カ国を訪問されているとのことですが、視点はそこにあるんですね。

藻谷 はい。たとえば、ボリビアの首都のラパスに行きますと、標高4000メートルの台地の横に志賀高原と同じような大きさと深さの谷があって、その谷の急な斜面が標高差700メートルほどにわたって密集市街地になっているんですが、その谷から都市排水が川となって流れ出しています。
 もしかして、と思ってGoogleマップをたどっていったら、やっぱりアマゾン川の源流の一つでした。その少し先から河口までは道もない密林の中を流れるのですが、最初の一滴はラパスの下水というわけです。ですがラパスについて書かれているものを読んでも、この町がアマゾン川の源流にあるとは誰も書いていない。省略したのではなく、そもそも誰も調べていないのでしょう。川を見ても「どこで海に出るんだろう」とは、普通の人は考えないわけですが、私は現地で見たものについてはつねに考えます。

--旅が好きな人でも、そういう発想はあまりないかもしれません。

藻谷 古代インカ帝国の首都だったペルーのクスコもそうです。クスコからマチュピチュに向かう鉄道は、断崖絶壁の下をウルバンバ川の激流に沿って走りますが、これもアマゾン川の上流部の一つです。
 クスコに行って見て歩いて知ったのですが、ここは西北西から東南東に延びる谷間のなかの、谷中(こくちゅう)分水嶺の真上にある町です。その谷間に降った雨は、クスコの市街地を境に、西北西方向と東南東方向に分かれて流れて行きます。
 そのうち東南東側へ向かった川が、やがて180度西北西へと向きを変え、オリャンタイタンボという街で最初から西北西へ向かっていた川と合流し、アマゾン川の最上流部にあたるウルバンバ川になるという……。かつてのインカ帝国の人たちは、どっちの川から来てもアマゾン川の最源流、というところに聖都をつくったわけですが、そうなると、彼らは河口にまで達して知っていたのではないかと、興味が出てきます。ですが、誰かが書いているのを読んだことがない(笑)。

--僕もペルーやボリビアには行きましたが、ウルバンバ川はすごかったです。たしかにつながっていますよね。多くの場合、歴史や文化を知ろうとするだけで、地形には意識が向かわないのかもしれません。

藻谷 歴史や文化はその地形だからこそそうなったものでして、地形抜きに考えることは本来ありえないんですけどね。現地に立たず、書物の中の文字情報だけで考えている態度に問題があるわけです。
 恋愛はこういうものだと何百冊読むよりも、一回振られてみたほうが学べるはずです。そもそも恋愛だの医療だの生活では、文字情報には変換できない触覚が大事なのです。だからまずは現地、現場です。
 人間というのは基本的に他人が言ったことを読んだり耳に挟んだりしてなぞって考える存在なので、全員でもって肝心なことに気づいていないということが多々あるのです。挙句の果てに、「必要なことはすべて本で教わった」とか言い出す…… それって、何も知らないと言っているに等しい態度ですよ(笑)。

--たしかに(笑)。

藻谷 ファスティングにしても、平均的にはきっと効果があると思うんですが、自分で何回かやってみないとわからないですよね。果たして、飯を食う快感を上回るものが本当にあるのかという……。

--食べる心地良さとは別に「食べない心地よさ」もあって、そういう快感を脳が記憶すると持続できるわけですが。

谷 そうですね。潜水する時の「息をしない心地よさ」みたいなものもありますから、それはわかる気がします。 

--僕たちがすすめているファスティングは、ダイエットみたいに、目標を設定し、ストイックに取り組むものではなく、期間中、「頑張っている現実から離れる」ことを大事にしているんです。ちょっとクールダウンするというか……その意味では、どこか瞑想に近い面もあるかもしれません。

藻谷 瞑想は昔からすごく苦手です。この会話の語数を見ればわかると思うんですが(笑)、ものすごい数の思念が湧き上がってくるので、それを無にするというのはとてもつらいですね。思念が止まったときは、普通は寝たときです。

--歩かれている時に無になることは?

藻谷 それも無理ですね。足を動かすほど脳が活性化して、ありとあらゆることを考え出します。現地を歩くことは、読書よりもはるかに多くの情報を学ぶチャンスです。


リラックスに環境設定はとても大事

--とはいえ、ずっと緊張しているわけではなく、こうしているいまもリラックスされている感じがありますよね。

藻谷 私の場合、基本的にどういう状況でも緊張しないんですね。アスペルガー的とも言えるんですが、自分にとって快適な環境になるように、最初に設定に気をつける面もあります。たとえば、この部屋に入って来るなり、「窓を開けてほしい」と言ったでしょう。人によっては外の騒音や風が気になるでしょうが、私はコロナ禍になるずっと前から、空気がこもるほうが嫌いなので、無駄な遠慮はせず、最初に好みをはっきり出してお願いしてしまいました(笑)。

--そうやってリラックスできる状況をつくっているわけですね。実際、健康な人に話を聞いていくと、環境設定が上手だなと感じることが多いんです。

藻谷 環境設定はすごく重要ですね。どんな環境であっても、集中すれば慣れるんですが、やっぱり疲れることは疲れますから。
 たとえば、僕はBGMが苦手です。BGMが大きい店にはなるべく行きません。テレビをつけっぱなしの店にも長居はしません。音楽を聴かないというのは非文化的なことなので、無理に文化的であろうと聴くふりをしたことはあったんですが……、重層的な音を聴き分ける能力が自分にはないと思うんです。

--まったく聴かないんですか?

藻谷 誘われたことは絶対に断らない人なので、生演奏を聴くことはあります。以前、知り合いの指揮するオペラを生まれて初めて観に行ったんですが、これはすごく面白かったですし、ニューヨークのブルーノートで聴いたジャズもすごかった。津軽三味線でも、ピアノでも、生の音は本当にすばらしい。でも、iPadもCDプレーヤーも買ったことがない。スマホの音楽機能も使ったことがないので、アプリに入っていないんです。
 ちなみに、テレビドラマも映画も見ません。映画の場合には、やっぱり重層的な音が苦手で。国際線の機内で、斜め前の人が見ている映画を画面と字幕だけ見ることはあります。「マッドマックス〜怒りのデスロード」なんかは、それでも途中で疲れて見るのをやめましたね。最近は動画のニュースも多いですが、YouTubeを含めて見ないです。画面が動くゲームも、疲れるのでしません。

ーーああ、YouTubeもご覧にならないんですね。

藻谷 動画に意味がないなんてまったく思っていませんよ。お酒の味はわかるが飲めない人と同じで、飲めればどれだけ豊かな食生活が送れるかわかっていても、体質的につらいので避けているわけです。

--それも引き算思考なんでしょうか?

藻谷 そう、引き算思考です。一生のうちに本当に感動して聴ける音楽の量は、そんなに多くはないだろうと。年に一回聴いたものでも、一年中普通に聴いている人の100回分くらいの感動はあるので(笑)、それで十分という考え方なんですね。
 ファスティングはそうではなくて、やったほうがいいのかもしれないですが……いろんなことをあんまりやらないんです。人生の持ち時間は限られています。しかも、その半分以上は、寝たりダラダラしたりしているほうが楽しい。それ以外では旅行も楽しい。
 私は毎日9時間は眠れる体質で、ダラダラ寝るためなら趣味も仕事も削ります。どんなに締め切りが来ていても、無視して妻と散歩や買い物に出かけてしまいます。引き算志向で、人生にとって重要度の高いことを残すと、そういうことになるのです。

--その割り切り方が、藻谷さんの活力の源なのかもしれないですね。


漢方薬で疲れがとれるのはなぜなんでしょう?

藻谷 最近、和歌山の漢方薬局の方にすすめられて、ある漢方薬を飲むことがあるのですが、これがなぜかリポビタンDよりは効きます(笑)。常用はしていませんが、疲れた時に飲むようにしていまして。

--漢方薬にもいろいろありますが、どんな内容なんですか?

藻谷 詳しくはわかりませんが、普通の生薬のミックスです。あやしいものではなく……。

--栄養ドリンクは、基本的に興奮させる系ですよね。カフェインその他の成分の働きで覚醒効果が得られるわけですが……。

藻谷 この薬にはカフェインは入っていません。私はコーヒーを飲むと目が覚めるように自分をトレーニングしているのですが、一日に何杯も飲むと頭の芯が疲れて効果もなくなるので、気を付けています。それに対してこの漢方薬を「ああ、今日はだるいな」という時に飲むと、2〜3時間でラクになるんですね。

--サプリメントや健康食品にはいろいろな種類がありますが、たとえば、腸を整える系と酸化を取り除く系では作用が違うので、その時の体調などに応じて、使い分けていくことが必要かなと思います。腸を整えることは免疫活性につながりますが、抗酸化は自律神経の調整がメインになりますね。

藻谷 そう聞くと腸のほうが良さそうな気がしますね(笑)。神経はどこかでツケがまわりそうな……。

--まず腸の健康が土台だと思いますが、神経系のケアもとても大事で、そのポイントのひとつが抗酸化なんですね。活性酸素は、ミトコンドリアが活動エネルギーを生み出す時だけでなく、ストレスによっても生じるんです。むしろストレスの影響のほうが大きいですから、抗酸化作用のある食べ物やサプリなどで取り除いていくことがストレスケアにつながるわけです。

藻谷 なるほど、活性酸素の除去が神経系のケアということになるわけですか。そういえば、コロナ禍で出張が減ったのを幸い、最近はよくぬるい湯に1時間以上漬かって、30分くらい寝たりしています。ダラダラしているだけですが、神経にとってはいいかもしれないですね。

--はい。腸活は確かに健康の土台になりますが、ハードワークが重なると、腸のケアだけだと追いつかなくなることも、結構多いんですね。ストレスケアに関しては、友香さんがオンラインで朝ヨガをやっていますので、いつでも来てください(笑)。


イチローは古武術のおじいちゃんみたいですね

藻谷 私は1964年生まれですが、僕らの年代は国際的にも活躍せず、国内でも目立っていません。
 野球で言えば、僕らは古田(敦也)の世代で、そのあとが清原(和博)、そして野茂(英雄)とかが出てきたわけですが、ここにすごい断絶があって、僕らの世代までは国際的に活躍する選手が出ませんでした。野茂から始まって、それがイチローにつながり、しまいには大谷(翔平)になるんですが……。私個人も、英会話ができ、留学もしたのですから、もっと国際的に羽ばたけばよかったのかもしれないのですが、居心地のいい国内にとどまってしまいました。

--藻谷さんは違うと思うんですけど、いわゆる清原世代というのは、昭和のテイストというか、力づくでガンガンやる感じですよね。

藻谷 そうかもしれません。

--それが、イチローあたりから「いかに力を使わないか」という方向に発想が変わってきた。たぶん、いまはもう少し進んで、「体を効率よく使うにはどうしたらいいか?」という発想が共有されやすくなっていると思うんです。

藻谷 大谷はどうなんでしょうね? フィギュアスケートの羽生(結弦)や大谷に共通しているのは、どちらも靭帯を切っていますよね?
 僕は足の降ろし方を間違えて切っただけですが、運動神経が並外れている人というのは、筋肉に対する脳の指令に靱帯がついてこられないのかなと思いますね。

--パフォーマンスのレベルが高すぎて、肉体が追いつかないということですね。
 怪我に関しては、トレーニングにまつわる「あるある」なんですが、筋トレで体を壊してしまうケースが非常に多いと聞いています。筋肥大させればパフォーマンスも上がるように感じますが、筋肥大が筋出力とイコールになるとは限らないですよね? 筋肉をつける過程で、逆に神経系と筋骨格系の連絡がうまくいかなくなることもあるのかもしれません。
 実際、試合などの本番ではなく、トレーニングで身体を壊してしまうケースも多いようですから、「身体を効果的にほぐすメソッドをどれだけもっているか?」ということも大事なポイントかなと思っています。

藻谷 イチローを上回るアスリートは出ないんでしょうかね。

--イチローは「初動負荷」と呼ばれる理論に基づいてトレーニングしていて、それは専用のマシンでやっているんですが、筋肉に過剰な負荷をかけず効率よく体幹部が鍛えていける仕組みになっているようです。
 人の動きって、重い荷物を持ち上げる時などがそうですが、初動時にパワーが必要になりますよね? 一般的な筋トレだと、筋肉を鍛えるほどに負荷が上がっていくので、こうした実動作につながりにくいと言われています。


藻谷 ヘンな話、大谷の二刀流のように、いまの時代は行けるところまで行ってみて、どれだけおもしろいかワクワクしていいじゃないという考えも一方でありますよね。まあ、イチローはその先を行っていたわけかな。

--イチローは、身体の使い方が古武術レベルでわかっていた感はありますね。腕力に頼らずに相手をラクに転がしてしまえる達人と重なり合うというか……。習わないでもわかるような暗黙知のレベルが高いんでしょうね。

藻谷 (引退した)いまの雰囲気をみても、古武術をやっていたおじいちゃんみたいな感じがありますよね(笑)。

--はい、「柔よく剛を制す」を地でいくような。セルフメンテナンスでも、こうした古武術の発想はかなり参考にしています。イチローは、プレーヤーとしてだけでなく、セルフメンテナンスも達人なんだと思いますね。


自然とリラックスできるし、怖くはないですね

藻谷 その話で言うと、僕自身は筋肉の動きを統合する小脳の能力が著しく低いのだと自覚しています。子供の時、キャッチボールができなくて……。いまは少しは投げられますけど、ボールが全然前に飛ばないんですね。「全身を使って投げる」ってよく言いますが、それってどういう意味ですかと思いましたよね(笑)。それ以前に、ラジオ体操をしても「タコ踊り」とか言われましたしね。

--ただ、それは運動神経とか感覚神経とか、いわゆる体性神経系のお話で、コンディショニングとか発想、メンタルに関しては、同じ神経系でも、どちらかと言うと自律神経系のほうが大事だと思うんですね。
 たとえば、自律神経のバランスが整っている人はリラックスできていて、度胸もあって、腸と脳のバイパスもうまくつながっている。


藻谷 たしかにリラックスはできますし、いろんなことが怖くはないですよね。

--運動神経が低くても、根幹のところは問題ないというか……。

藻谷 私の場合、いくら気合を入れて集中力を高めても、俊敏な動きはできません。体力勝負ならできますが、スポーツはできない。社会人になってからの話ですが、バレーボールをやった時も、自分が入ったチームは負けました(笑)。サッカーで1時間半走りまわって、ボールに一回も触れなかったり(笑)。
 もちろん、上から俯瞰的に見て自分がどこにいるといった感覚もありませんし、それ以前に、次にボールがどこに動くか、その時にどちらに行けばいいかとか、まったくわかりません。

--いろいろとトライはされているんですね。

藻谷 囲碁将棋なんかもすごく苦手で、オセロゲームを妻とやってもなかなか勝てない。ずーっとやっていくとだんだん勝てるようになりますが、そうなると妻がやめてしまって、しばらくしてやるとまたわからなくなって負けてしまう(笑)。
 味だとか音を聴く感覚だとか、右脳的な感覚はある程度わかるつもりですが、俯瞰的に見て、相手がどう出るか次の次を読んでみたいな能力は、僕にはないですね。データ分析はできるので、コロナ禍が最悪どのあたりでどうなるかは1年以上前から予測していましたが。
 まあ、できることとできないことがはっきりしているのはいいことで、こうして次から次へ言葉が湧いてくるという人も、世の中にはあまり滅多にいないですよね(笑)。眠らなくてもいいのであれば何十時間でもしゃべり続けられますよ、家にいると、「何なのあなたは?」と呆れられるんですが(笑)。

--いまお話を聞いていて、アスリートの場合、体性神経系(運動神経、感覚神経)は使えるんですが、最後に問われるのはメンタルで、メンタルは自律神経系なので、その部分の肝が据わらないので本番で力が出せないという問題があると思うんですね。藻谷さんはそこができてらっしゃるから、緊張しないし、本番にも強い。アスリートはどちらかというとそこで悩んでいると思うんですね。

藻谷 なるほど。それは何とかできるものなんですか? 

--そのためにマインドフルネス的なものもありますし、僕たちのセルフメンテナンスのコミュニティでも、体を整え、感情の揺れを少なくするために呼吸とか、ストレスケアとか、様々なことを取り入れています。腸活にしても、メンタル(感情)の安定にかなり影響しているのを感じますね。

藻谷 ご評価していただいて有難いですが、生まれつきできることを自慢するのは意味がないとも思うんです。他人にも、同じことは一切要求はしませんし。

--はい。ただ、普通はその感覚がなかなか持てなくて、仕事などでも本領発揮できないことを悩んでいる人が多いと思うんですね。だから、整えていきましょうという話につながってくるわけですが……。

藻谷 本番で自分の世界にバーンと入ってしまって、全然緊張せずにやれますが、結果がどうなるかは別ですよね。会議などでも、「場を支配しろ」と言われればできるんです。でも、忘我の境地になると口が滑って失敗してしまうかもしれない。今日は自由にしゃべっていいというからしゃべっていますが……(笑)。

--違う意味で場を支配されてますね(笑)。

後編につづく)

藻谷浩介 Kosuke Motani
日本総合研究所主席研究員。1964年、山口県周南市生まれ。東京大学法学部卒業。米コロンビア大学経営大学院で経営学修士(MBA)取得。日本開発銀行(現日本政策投資銀行)を経て、2012年から現職。平成合併前3200市町村のすべて、海外114か国を私費で訪問。地域特性を多面的にわたって把握し、地域振興、人口減少問題、観光振興などに関し、精力的に研究・著作・講演を行っている。
主な著書に、ベストセラーになった『デフレの正体』、『里山資本主義』(ともにKADOKAWA)、『世界まちかど地政学〜90カ国弾丸旅行記』(毎日新聞出版)、『観光立国の正体』(新潮社・山田桂一郎との共著)、近著に『進化する里山資本主義』(ジャパンタイムズ出版)、『東京脱出論』(ブックマン社)などがある。